2-3

 昼休み。

 僕が食堂の前で佇んでいると古寺さんが小走りでやってきた。


「立花君」


 僕は静かに三十度ほどの傾斜角をつけて頭を下げる。背筋が丸くならないよう、お尻を引いて。

 急いで来たのか、顔を真っ赤にして息を切らした彼女はゆっくりと深呼吸をする。


「ごめんなさい。待たせてしまって」

「いえ、僕も今来たところなので」

「昼食は? もう買った?」

「持参です」


 僕は指先につまんだ弁当箱を彼女に見せる。一見小さいがこれが一般的サイズだ。これ以上食べると皮下脂肪が増え腹筋が隠れてしまう。


「そう、良かった。私も持参なの。あそこの席が空いてるから座りましょう」

「ええ」


 僕はリードするように古寺さんの前を歩く。隣のテーブルには花咲さんと冴香が座っており、二人は僕にだけ分かるよう目配せをしてきた。僕も視線で応える。しかし眼光が強すぎたのか、彼女達はおびえたように立ち上がった。


「どうしたの?」


 不思議そうに古寺さんが顔を覗かせる。僕は「いや」と返しておいた。


「僕の姿を見て驚いたのでしょう。古寺さんは生徒会長なのでご存知かもしれませんが、僕は高校浪人をしていて皆より一つ年上なのです。だから悪目立ちしてしまって」

「そこじゃねーよ!」


 花咲さんが何やら言っているが流す事にした。僕は黙って席に座る。対面に、古寺さんが座った。


 ただ座っているだけなのに妙に仕草が絵になる人だと思った。絵画に描かれたモデルの様だ。心なしか周囲の視線も徐々に僕達に集まってきている気がした。


「どうかした?」

「いえ。そう言えばこういう場所にやってくるのは入学以来初めてだなと思いまして」


 僕は周囲を眺める。とある男子生徒と目が合った。すると彼はサッと逃げるようにして目線を逸らせた。次にとある女子と目が合う。サッと、目を逸らす。


 男子、逸らす。

 女子、逃げる。

 おかしい。何故だ。


 古寺さんはふふっと笑みを漏らす。


「すいません。キョロキョロしてしまって。食堂って初めて来たので落ち着かなくて」

「ううん。いいの」

「そう言えば、古寺さんはいつから生徒会長をされてるんですか?」

「一年の秋からかな。二年の先輩が三人立候補してたんだけど、何故か私が受かってしまって。三年連続で会長をしているのは珍しいみたい」

「へぇ……。凄いんですね。実力を認めてもらってると言うか」

「どうかしら。立花君は中学の頃って、生徒会長選挙とかあった?」

「え……えぇ、まぁ一応」


 一瞬、言葉が鈍った。僕は中学校をまともに通えていない。

 わずかな記憶の中からかろうじて生徒会長選挙の記憶を掘り起こした。

 体育館に全校生徒が集められ、壇上に上がった候補者達の簡単な自己アピールを聞いて、教室で投票すると言った内容だった気がする。

 いずれにせよ公約を実際に見比べてよく吟味するといったものではなく、かなりいい加減な内容だった。


 あの時、生徒会長に選ばれたのは誰だっただろうか。

 壇上に上がっていた立候補者達は何人いただろう。


 僕は彼らの姿をまるで覚えていない。 


「適当だったでしょ。投票なんて。うちも似たようなもんだよ。一年生の立候補者って言う形で印象に残ったから選ばれただけ。二年目の時もそう。一年間生徒会長をやっていたんだからって理由で選ばれた。ただそれだけだよ。そんな大変な物じゃない」

「はぁ」


 そんな事ないと思いますけど、と言うべきだったのかもしれない。

 でも上手く言葉に出来なかった。

 それは、僕が内心どこかで『そうかもしれない』と考えてしまっていたからだ。


 生徒会長って言うと、もっと華やかな人だと思っていた。

 いや、実際古寺さんは十分華やかなのだが、常に前向きで光の中でしか生きて来なかったような、僕とは住む世界がまるで違う人種なのだと思っていた。

 だから、彼女がたとえ謙遜だとしても少し後ろ向きな発言をしている事に僕は意外性を感じずにはいられなかった。


「古寺さん」


 僕は彼女の顔を覗き込んだ。

 そっと、目が合う。


「ど、どうしたの?」

「何か悩んでます?」


 すると彼女はギクリと強張った表情を浮かべた。


「どうしてそう思うの?」

「いや、なんとなく」


 多分図星をついてしまった。よくない言葉だったかもしれない。

 でも少し心配だった。

 そこにかつての自分の面影を見たから。

 今にも壊れてしまいそうな、脆さを。


「全然大丈夫だよ、私」

「ならいいんですけど。ほぼ初対面の僕じゃ頼りないかもしれないですが、親しい友人や家族だから言えないような事もあると思うんで。もし古寺さんが何か抱えた時は遠慮なく愚痴ってください」

「ありがと。立花君、優しいんだね」


 古寺さんはにっこりと笑みを浮かべる。

 何故か少し悲しげにも見えた。


「せっかくの昼ごはんなんだから、何か楽しい話しましょう。部活はどう? もう決めた?」

「あ、いえ、筋トレが忙しいので部活はやめとこうかと」

「そこまで来たら入れよ!」


 背後から聞こえる花咲さんの声を視線で射殺した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る