3-3
帰りながらしばらく会話した。
江崎君は中学時代、サッカー部に所属していたらしい。
「キャプテンだったんですか」
「副、だけどね。でもどっちかと言うと、参謀に近いかもしれない。作戦とか敵の弱点分析とか、そう言うのを中心にしてた」
「へぇ……」
参謀。きっと運動神経だけでなく、頭の回転も速いのだろう。冴香に似ていると感じたのはだからか。会話の着地点をちゃんと定め、言葉が足りなくても汲み取ってくれる安心感がある。
「意外だった?」
「ええ、まぁ。体力測定もトップだったから、当然キャプテンだと」
「運動は全般的に昔から得意なんだよ。中学でも体力測定は一番だった。ってこれただの自慢だね」
「十分自慢できる事ですよ」
「人の自慢話なんてつまらないもんだよ」
「そうですかね」
「そうだよ」
別にそうは思わないが。
「立花君は中学の時、何部だったの。格闘技系かな。柔道部とか」
「いえ、僕はどこにも属してませんでした」
「その体で? 意外だな」
「正確に言うと僕は学校に行っていなかったんです。中学の時にイジメにあっていて」
「立花君をイジメるって、勇気あるね」どういう意味だ。
「中学の時、僕は今よりずっと弱かったんです。モヤシって言われていました。精神的にも、肉体的にも。誰にも勝てなかったし、誰も守る事が出来なかった」
「その体はどうやって?」
「鍛えたんです。手段はこれしかないと思って」
「それで負けない力が欲しいって言ってたんだ」
江崎君は小刻みに頷くと、何故だか少し笑みを浮かべてこちらを見上げてくる。
「こう言ったら失礼かもしれないんだけど、立花君、やっぱり面白いね」
「面白いですかね」
「興味深いというか。普通の話が普通で終わらないところが」
「普通じゃないですか、僕は」
「普通じゃないよ。良い意味で、だけど」
どう捉えた物か反応に困る。でも江崎君の表情は何だか愉快そうで、そこに何か含みがあるようにはとても見えなかった。
学校を出て坂を下り、駅前へと出た。この時間帯は他校の生徒も多い。スターバックスやミスタードーナツで男女がおしゃべりしている姿が目立つ。
僕もこの高校生活三年間で彼女の一人くらい出来るのだろうか。
そこまで考えて思考が随分と受け身になっている事に気がついた。そうだ、受動的になってはいけない。何かを手にしたいなら、神的な何かに頼るのではなく自分から挑まねば。
内心で意気込んでいると先ほどまで饒舌に話していた江崎君が黙っている事に気がついた。しまった。僕が物思いに耽っていたので怒らせてしまっただろうか。恐る恐る彼の様子を見たがどうやらそれは杞憂だったようで、彼は駅前でたむろしている一群を眺めていた。随分とガラが悪く、何人かこちらに視線を向けてきている。
「知り合いですか」
「うん、まぁ。昔の友達みたいなもん、かな」
みたいなもん、と言う言い方にどこか引っかかりを覚える。
「喧嘩はよくないですよ。もし揉めているなら助力しますが……」
すると江崎君はふふっと笑みを漏らす。
「心強いね。でもそんなのじゃないから。見た目がいかついから信じられないかもしれないけど、本当に普通の友達みたいなもんだよ。一緒の部活だったんだ」
「それならいいんですけど」
「立花君電車?」
「いえ、徒歩です」
「それじゃここでお別れだね。僕は電車だから。ちょっとあいつらと話してから帰るよ」
「わかりました。それじゃあまた」
僕は三十度に腰を曲げ背中をまっすぐに伸ばした状態でお辞儀すると、彼と別れた。
去り際、すこし振り返ると、なるほど確かに江崎君は彼らと親しげに話していた。サッカー部というと体育会系の部活動だからもう少し爽やかな見た目であってもいい気がするが、プロの選手でも剃り込みを入れていたりする。見た目を気にするのはよくないのかもしれない。
ただ、僕は彼らを『友達の様なもの』と称した江崎君の口ぶりが妙に引っかかった。表現もそうだが特に気になったのは表情だ。あの表情は見覚えがある。僕がかつての同級生からずっと浴びていた視線。
純粋な、嫌悪感だ。
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