6-6
信じらんねぇ、と言ったのは宮崎先生の言葉だ。というか医者も言っていた。高齢の医者だったが、そんな言葉遣いをされると思わなかった。
「四階建ての校舎から人一人抱えて落ちて、擦り傷と肩の脱臼のみ、全治二週間。君本当に人間かね」
「はぁ、一応」
診察室を出ると瀬戸さんが待ってくれていた。僕の姿を見るなり「覇王!」と駆け寄ってきてくれる。
「覇王……! ご無事で何よりでございます!」
家臣みたいな言葉遣いで瀬戸さんは半泣きの顔を僕の腕に押し付けてくる。
「ご心配おかけしました」
「本当に、本当に良かった……」
彼女は言うと僕のシャツの裾で鼻をかんだ。やめてくれ。
「親御さんには連絡しといたから、もうすぐお母さんが来てくれるそうだ」
「先生、ありがとうございます」
「今回の事故は俺の監督ミスだ。本当にすまん。にしてもお前凄いなぁ」
宮崎先生は何かを確かめるように僕の体を触る。
「そう言えば、古寺さんは大丈夫ですか?」
僕が尋ねると「ああ」と宮崎先生は頷く。
「今別室で診てもらっているがな、大きい怪我はなさそうだ。お前が守ったお陰だろう」
「そうですか。良かった」
そこで思い出し、僕は深く頭を下げた。
「先生、勝手に作業をしてしまってすいませんでした」
宮崎先生は「無事でよかったよ」と笑ってくれた。
「立花君!」
診察室を出た古寺さんがこちらに駆けてきていた。泣きそうな顔をしていた。腕の所に少しだけ包帯を巻いているが大丈夫そうだ。
彼女は僕のもとまでやってくると、強く僕を抱きしめた。「わぁ」と瀬戸さんが黄色い声を出す。
「本当に、本当にありがとう。君が居なかったら今頃私、死んでた」
泣いていた。彼女の熱が、涙が、シャツ越しに僕の腹部に伝わる。
「無事でよかったです」
彼女の肩に手を置くと、古寺さんはゆっくりとこちらに顔を上げた。
「君には助けられてばっかりだ」
「今回のは、たまたまです。今までのだって、僕は何もしていません」
「そんな事ない。君が居て良かった」
「僕も、守れてよかったです」
「会長、なんかキャラ違くないですか」
「本当だな」
驚いた様子の瀬戸さんと宮崎先生に僕は古寺さんのマネをしてイタズラっぽい笑みで返事した。
「こっちが素らしいです」
「幸久!」
病院の入り口から血相変えて走ってきた母に向けて僕は手を上げた。
「母さん、こっちだよ」
僕の姿を視認した母は徐々に走る速度を遅くし、やがて歩いた。唖然としている。
「幸久、屋上から落ちたんじゃ……」
「落ちたよ」
「立花さん! 私の責任です! 本当にすいません!」
頭を下げた宮崎先生に母は「いや……」と首を捻る。
「てっきり意識不明の重態だと思ってきたんですが」
「立花君は、屋上から落ちた女子生徒を助ける為に自分も飛び降りて、その子を守ったんです」
「先生、それはすごいですけど、どうして生きてるんですか、幸久は」
すると宮崎先生は首を振った。
「私にもわかりません」
「お兄ちゃん!」
大きな叫び声と共に冴香も入り口からこちらに走ってきていた。涙を流しながら、酷い顔をしている。
「冴香、何で居るんだ。合宿だろう?」
「何でって、屋上から落ちたって聞いたから慌てて帰って来て……えっ?」
僕の傍まで来た冴香は何かを確かめるように僕の身体を触った。
「あれ? 生きてる」
「心配かけたな」
彼女の肩に手をかけると安心したのか冴香は再び号泣しだした。
「絶対にもう悲しい目に遭わせないって約束したのにな。ごめん」
「生きてて良かったよ! 馬鹿!」
冴香は大粒の涙を流しながらそう言う。
彼女には昔から心配ばかりかけてしまう。申し訳なさと、感謝で一杯だ。
なんだか色々あった一日だった。
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