7章 一生の光景
7-1
「覇王聞いたよ。命懸けで古寺先輩を救ったって話」
後日改めて行われた栄華祭準備にて再開した花咲さんに開口一番、そう言われた。
夏休み後半で合宿組がこちらに戻ってきていた事もあり、その日は前回と違い割と多くの生徒が参加していた。僕の怪我はすでに完治しており、まだ本調子ではない物の、日常生活を送る分に支障はなかった。
「屋上から飛び降り、身を挺して守り抜く。もはや学園の覇王というよりはヒーローだね」
「大袈裟ですよ。それより、一体誰に聞いたんですか」
僕が肩を脱臼したという以外には特に大きな怪我人もおらず、元は生徒側の不注意で起きた事故と言う事から大事にしないで置こうと言う話だったはずだ。冴香がそれほど軽く喋るとも思いにくい。
「あ、すいません覇王。私です」
花咲さんの後ろからおずおずと瀬戸さんが顔を出す。
「素晴らしい覇王のご活躍、このままではもったいないと思ってしまいまして、ついポロッと」
「瀬戸さん……」
僕が何か言う前に「誠に申し訳ございません!」と彼女は頭を下げた。何事かとクラスの皆がこちらに視線を寄せる。瀬戸がやらかしたらしいぜ、借金だ、陵辱だ、次々に声が上がる。やめろ。
その様子を見ていた花咲さんが明朗快活に笑った。
「まぁ安心しなよ覇王! 事情は聞いてるし、別に記事にしたりはしないからさっ」
「そうしてください」
「こういう情報は高額で売らないともったいないんだよ」闇が深い。
僕は苦笑するといつまでも頭を下げている瀬戸さんに声を掛けた。
「瀬戸さん、顔を上げてください」
「はっ、寛大なお心、感謝いたします」武家か。
「でも本当に怪我してないんだねぇ」
感心した様子の花咲さんに「あたりまえでしょ」とどこかから冴香が姿を現した。
「お兄ちゃんがそんなヤワな訳ないじゃん。鉄バットで思い切り打たれても傷一つ負わなかったんだよ?」
「おーおー、言うね。でも良かったね。大事なお兄ちゃんが無事で」
「私は最初から大丈夫だと思ってたよ」
「えっ、でも冴ちゃん鼻水流しながらビービー泣いてましたけど……」
「琴美ちゃん何か言った?」
冴香に睨まれると瀬戸さんは「誠に申し訳ございません!」と土下座した。この人どれだけヒエラルキー低いんだ。
瀬戸さんの所為で妙な注目を集めてしまい何となく居心地が悪かったので廊下に出た。
現在我がクラスでは各々作品作りを行っている最中であり、僕は先日言われた通り丸太に拳を打ちつける役である。今は本日業者から届くであろう丸太が学校に納入されるのを待っている状態だ。皆は作品を作っていても、僕にはやる事がない。
廊下に出ると、隣の教室が妙に騒がしかった。そっと覗いてみると、どうやらこちらでも栄華祭の為の集いを開いている様で、十数人程度の人がなにやら作業をしている。四組は何をするのだろうと様子を伺っていると、江崎君が中にいるのがわかった。目が合う。軽く会釈すると、彼はこちらに近付いてきた。
「立花君、久しぶりだね」
この様子だと彼は僕が屋上から落ちた事は知らないらしい。
「お久しぶりです。四組も栄華祭の準備ですか」
「うん。暇だったからね。達磨を使った新しいパフォーマンスをするらしい。現代社会に向けてメッセージ性の強い出し物をするんだって言ってる」何だそれは。
「立花君のクラスは何を?」
「僕が丸太にパンチする競技をするらしいです」
「それでいいの?」
何か重大な説明ミスを犯している気がした。
「実は報告があるんだ」
「報告?」
「あれから、色々考えて中学の部活に顔出してきた」
過去に負い目を感じる彼にとって、それがどれだけ勇気の要る決断だったかは想像に難くない。
「ちゃんと、話しようと思って。逃げたくなかったから」
「どうでしたか」
「サッカー、辞めないでくれって言われた。続けてくれって。来年うちの高校入って、マネージャーとしてでも僕と一緒に部活がしたいって、そう言われたよ」
江崎君はそう言うと感情を抑えるように静かに息を出した。少し、震えていたと思う。
「柄にもなく泣きそうになった」
こちらを向いた彼は、何かを堪えるようにグッと歯を食いしばっていた。
「あいつがこの高校に入った時にちゃんとサッカー部を創設して、大会で良い結果出せるようにしないと」
「随分先の長い話ですね」そして根気と努力が要る事だ。
「メンバー集めは大変そうだけど、僕一人でも、同好会からでも全力でやるよ」
そう言って彼は「立花君のおかげだよ」と付け加えた。
「僕は何もしていませんが」今の話の中で僕が役立った要素なんてまるで見当たらない。本気で困惑した。
「君の何からも逃げない姿勢に後押しされたんだ。イジメにあったりしたけれど、今も全力で人と向き合おうとしている。僕もこのままじゃダメだって思った」
「買いかぶりすぎです」
「買いかぶりでもいいんだ。僕が行動できたのは君のおかげだ」
江崎君はまっすぐこちらを見る。その言葉に曇りはない。
「そうだ、立花君もどう? ゴールキーパーとか向いてると思うんだけど」
「いえ、僕には筋トレがありますので」僕は首を振った。
「だと思った」
呆れたように江崎君は笑う。
「江崎ー、そろそろ始めるよ」
四組の女子から声がかかり「じゃあそろそろ行くよ」と江崎君はその場を後にする。ちょうど同タイミングで「覇王! 丸太が郵送されて参りました!」と瀬戸さんが廊下に出てきた。
「大変恐れ入りますが、昇降口に丸太が置かれているらしいので運んでいただけないでしょうか」
「分かりました」
「何だか、機嫌が良さそうですね?」不思議そうに僕の顔を眺めてくる瀬戸さんに僕は頷いた。
「ちょっと良いことがあっただけです」
新学期が始まり、学内は一気に栄華祭色に染まっていく。浮き足だった空気が校内に流れ、それは祭りの前日を連想させる。
今は授業と並行して栄華祭の準備をしているが、一週間もすれば授業自体が一時的にストップする。九月中旬には栄華祭が開始されるので、どのクラスも休み時間になったら栄華祭の準備へと取り掛かっている状態だ。
廊下には木材や工具やらが散らばり、空き教室には作りかけの小道具が置かれ、校門には『栄華祭』と書かれた大きな看板が生徒会の役員達によって作られていた。
「おはようございます。古寺さん」
冴香と登校中、看板を制作する古寺さんがいたので声を掛けた。
「立花君。怪我はもう大丈夫?」
「全治二週間ですから。もう完治してます」
僕が肩を回すと「よかった」と彼女は胸を撫で下ろした。
「朝から看板作りなんて、大変ですね」
「最後の栄華祭だから。いいのにしようってね。結構良い出来でしょ」
「はい。完成が楽しみです」
じゃあまた、とその場を後にすると、横にいた冴香が不思議そうな顔で首を傾げた。
「あの人って前お兄ちゃんが助けた生徒会長だよね」
「ああ。見たら分かるだろ?」
「いや、なんか前と全然キャラが違うなって。前はしっとりしたお嬢様って感じだったけど、今は砕けたお姉さんって言うか」
言われて僕も気付いた。そう言えばそうだ。
先ほど話した古寺さんは、薬局に居た彼女そのものだった。
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