7-2

「えぇー、学園祭気分で浮かれているところ悪いんだけど、栄華祭後のホームルームで進路志望調査を行います」

 その日の放課後、ホームルームにて前嶋先生がいつもの様に脱力した様子で教卓から言い放った。突然の宣言に、教室で皆が互いに顔を見合わせる。

「一年の後半から選択科目が入んのは分かってるよね。理系なのか、文系なのか、個々で進路をちゃんと決めとくと戦略が立てられるし、皆にとって初めての分かれ道って訳。受験に関わってくるし、具体的な進路なんてまだ全然考えてないだろうけど、今のうちから決めておくように。んじゃかいさーん」

「いきなり進路とか言われても、分かんないよ」

 僕の席にやってきた冴香が不満を漏らす。すると花咲さんも頷いた。

「前嶋先生って結構適当だからねぇ。夏休み前にしようと思ってて忘れてたんじゃないのかな」

「私もそう思う。ねぇお兄ちゃん」

「そうかな」

「えっ?」

「前嶋先生、意外とちゃんとしてるよ。普段はやる気なさそうだけど、ちゃんと教師として僕達の事を見てくれているし、やる事はやってると思う」

 僕が言うと「へぇえ」と花咲さんが声を漏らした。

「珍しいね。普段はイエスマンな覇王が反対意見なんて。しかも冴ちゃんに」

「そうですか?」

「うん。ねぇ冴ちゃん」

 しかし冴香はそっぽを向いて返事をしない。

「あ、拗ねてるね、こりゃ」

「冴香、何ヘソ曲げてるんだ」

「ヘソしか曲げとらんわっ!」よく分からない切れ方をしている。

 進路か。夏休み前の前嶋先生との会話が思い起こされる。

 将来どころか今の事ですらまともに出来ていない状況で、先の事なんて考えられないと思っていた。前嶋先生は、そんな僕に始めて『将来』の話を提示してくれた。

 今のうちに目標を出すという事は意外と自分の人生に深く関わってくるのかもしれない。

「花咲さんは進路、どうするんですか?」

「大学とかはまだ決めてないけど、私はもちろん文系だよ。社会学と国語力や英語力はこの先必須だからね」

「なるほど」

 決めている人はちゃんと決めている物だ。僕は感心した。

「どうしたものかな」

 考えていると「では今日も栄華祭の準備を行います」と瀬戸さんの号令が掛かったので一度この疑問は持ち帰ることにした。


 栄華祭が近付くにつれて、夜遅くまで残る事が多くなった。

 僕の作品はもうすでに完成していたので、やる事と言えば廃材の片付けであったり、飾りつけであったり、荷運びであったりと雑用が主だ。教室の前にでかでかと飾られた自分の拳の型が残っている丸太を見ると本当にこれで良いのかと疑問も浮かぶが。

 何だか夜遅くまで学校に残って作業すると言う感覚は非日常感があって、わくわくする。

 廊下に出てみると、窓から日が暮れて薄暗いなか中庭で出店を作っている上級生の姿が見えた。

 普段見慣れた光景が、少しずつ違う形へ変化していく。

「覇王、お休み中すいません、ゴミ捨てを手伝っていただけないでしょうか」

 大きな四つのゴミ袋を重そうに抱えた瀬戸さんが声をかけてくる。

「ああ、大丈夫ですよ。やっときます」

 ゴミ袋を全てもらおうとしたら「いやいやいや」と彼女は首を振った。

「恐れ多い、恐れ多いですから、それは」

「気にしないでください。特にやる事がないから、仕事があった方が楽なんです。瀬戸さんは自分の展示を進めてください」

「私は監修役なので今回は展示作品は作らないのです。プロデューサーと言う奴ですね」

「そんな役割が」

「その代わり全ての雑用を担っています」それは果たしてどうなのだ。

「じゃあ僕達は今同じような状況と言うわけですか」

「そう言うことです。だからゴミ捨ては二人で行きましょう」

 真顔の彼女を見るとそれなりに切実な話なのだと悟る。手持ち無沙汰でぶらつくのが居たたまれないのだろう。とは言え今から作品作りなど出来る時間もない。

 瀬戸さんは僕の考えを察したのか、黙って頷いた。

「苦肉の策です」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る