7-3

 学食テラスを抜けた更に奥側に焼却炉が設置された広場がある。現在は使われていない焼却炉だが、ゴミ捨て場としては今も機能している場所だ。

 抱えてきたゴミ袋を捨て、どうにか一息つく。瀬戸さんはかなり息を切らしていた。

「まさかこれほどの重労働とは。最初は楽勝だと思ってたらボディーブローの様に効いてきましたよ」

 一番軽い袋を渡して他の三つは僕が持ったのだが、それでも大分辛そうだった。

「い、息が、息が出来ましぇん」出来てる。

「そこのテラスで少し休みましょうか」

 僕が言うやいなや、瀬戸さんはゆらゆらとテーブルまで歩き、まるで力尽きたどこぞのボクサーの様に座り込むとそのまま動かなくなった。どうしたものかと考えあぐねていると、たまたまポケットに五百円玉が入っていたので近くの自販機で飲み物を買う事にする。

「瀬戸さん、何か飲まれますか」

「み、水でお願いします。出来ればミネラルを」

「水……」

 まさか学校の自販機で水を買う事になるとは。僕は八十円のミネラルウォーターを購入すると瀬戸さんに手渡した。彼女は水を受け取ると一気に飲み干す。相当疲労しているようだった。まさに苦肉の策である。

 遠方の中庭では作業を続けている上級生が見える。先ほど廊下から見ていたのもちょうどあの辺りだ。ポツポツと点在する外灯がわずかに光っており、その微かな光を頼りに作業しているのが分かった。

「なんだかこう言うの、青春っぽくていいですね」

 水を飲んだ瀬戸さんはいつの間にやら復活して顔を上げていた。

「もう大丈夫なんですか」

「おかげ様で。お水、たいそう美味しゅうございました。ご馳走様です」

 彼女は腕で口元を拭った。言っては悪いがおっさんみたいだ。

「こう言う夜、過ごすの夢だったんです。学園祭って感じがして」

「確かに、良いですね」

 僕達はしばらく黙って目の前の光景を眺める。どこか遠くから鈴虫の声が聞こえてきて、秋の訪れを予感させた。日中はあれほど暑かったのに、日が暮れるともう随分涼しい。

「夏休みの時は自分一人で空回ってるんじゃないかって思ってました」

「以前おっしゃってましたね」

「はい。あの時は覇王が落ちちゃってすっかり忘れてましたけど、やっぱり不安は残ってて。でもこうして栄華祭の準備をして、皆も協力してくれてるとそんな事なかったんだって思いました。自分の求めている物がちゃんとあったって。勇気を出して実行委員に立候補してよかったって思います」

「瀬戸さん、実行委員だったんですか」

「はい。一応」

「すいません。学園祭が好きで頑張っている人だとばかり」

「間違ってはいないですが」

「申し訳ない」

「良いんです。覇王、良いんですよ」

 何となく合点がいく。だからこの人がクラス美術展の監修役を勤めていたのかと。作品制作を免除されていたのもクラスの皆が配慮しての事か。何が驚くってそれらの事情を全く知っていない自分に驚きだ。

「あまり人前に出るのは好きでも得意でもなかったんですが、折角高校に入ったんだから何か変わった事をしようって思ったんです」

「凄い決断ですね」

 未だに変われていない僕からすれば、その決断がいかに大きく、勇気のある物だったかが分かる。

「じゃあ今日は、瀬戸さんの夢が叶った日でもある訳ですか」

「そうですね。この光景、きっと忘れない思い出になると思います。栄華祭準備、夜の学校、遠くから聞こえる声、組み立ててる途中の道具達……」

 瀬戸さんはそこまで言うと「あっ」と声を出した。

「どうしたんですか?」

「あ、いえ。その、大変恐れ多い事なんですが」

「はい」

「男の子と準備中に抜け出すって言うのも、ドラマとかに出てきそうな凄い思い出だと思いまして」

 そう言った彼女は酷く照れくさそうだった。見ていてこちらまで恥ずかしくなる。

「夢がガンガン叶いましたよ。覇王のおかげで。いやはや」

 ぶつぶつ呻く瀬戸さんの目は右へ左へ泳いでいて、その様子が返って僕を冷静にさせた。僕は目の前の光景を改めて眺める。

「多分、僕にとっても、今日ここで見た光景は特別なものになると思います」

 こちらを向いた瀬戸さんと目が合う。僕は頷いた。口に笑みを浮かべながら。

「こんな『青春っぽい』風景、なかなかありませんから」

「わかってくれますか」

「わかります」僕は付け加えた。「すごく良く分かります」

「さすがです」

 瀬戸さんはなんだか嬉しそうに足をぶらぶらとさせる。

「覇王、栄華祭、絶対成功させましょうね」

「勿論です」

 この光景を特別なものにする為に。


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