4-2

 放課後。

 駅前にある少し洒落た喫茶店に僕と花咲さんは対峙していた。

「覇王、週に筋トレはどれくらいするんだい」

「毎日しています。筋肉には休息期間が必要なので部位に分けて三日おきにローテーションを組んでやっています。腹筋は回復が早いので毎日やっていますが」

「何時間くらいやるんだい」

「二時間弱ですかね。だらだらやっていても仕方ないですし。集中したほうが能率が上がるんですよ」

「なるほどね。して覇王」

「はい」

「冴ちゃんは」

 気まずい沈黙が流れる。

「……部活です」

 僕が沈んだ面持ちで首を振ると花咲さんが濁音のうなり声を上げた。

「これじゃあ私達ただお茶してるだけじゃん」

「三人揃ってもただお茶してるだけでは」

「そうだけどさ、このままだと『学園の覇王、女子と密会!?』なんて記事を私自身が書き上げるハメになるんだよ。ん? 待てよ、それ面白いかもしれないな」闇が深い。「まぁ来れないものは仕方ないか」花咲さんはそっとため息を吐く。「でも覇王が勉強できるのは意外だなぁ」

「まだ答案が返却されてないので全く実感がないです。本当に立花という人は僕自身なんでしょうか」

「何だよその哲学みたいな発言。立花幸久なんて名前、全校生徒でも君しかおらんよ」

「でも冴香はともかくとして、僕は昔からそれほど勉強が出来るタイプではありませんでしたし」

「何か勉強法を変えたりしたんじゃないの? 中学の頃はどうしてたのさ」

「中学、ですか」

「あ、ごめん」聞いてはいけないことだと思ったのか、花咲さんは表情を曇らせる。

「別に気にしませんよ。むしろ、遠慮しないで聞いてくれる方がありがたいです」

「なら良いんだけどさ」

「中学の頃は普通です。ちゃんと机に向かって勉強してましたよ。今は筋トレしながらですけど」

「筋トレしながら?」

「ええ。その方が集中できる気がして」

「確かに軽い運動後に勉強すると頭が働いて良いって聞くけど、覇王のする筋トレってガチでしょ?」

「一応は本気、のつもりです。筋トレを始めた最初の頃は腕立て伏せ十回、腹筋十回、背筋十回しかできませんでしたが、今では懸垂を順手と逆手各十回ずつを五セット、ドラゴンフラッグ十回を五セットを始めとしたトレーニングを組んでいます。しかしここまで来るといかに筋肉を『破壊』出来るかが問題になってくるわけで出来ればデッドリフトやスクワット、ベンチプレス等バーベルを取り入れたトレーニングも導入できればより効率的な筋肉増強を図れるのですが、いかんせん高校生の財力ではそれも厳しく」「ストップストップストーップ」

 折角筋トレについて語っていたと言うのに花咲さんは制してくる。

「そういう事が聞きたいんじゃないんだよ」

「人が美しい筋肉について話していると言うのに、どういう了見ですか」

 自分の声が震えるのが分かる。憤っていると言うのだろうか。そんな訳ない。たかが筋トレの話を中断させられたくらいで、そんな。

「覇王、覇王、口から煙出てるから、怖いから」

「すいません」

 落ち着く為に水を口に含む。すると不思議な事に口に含んだ水はジュウと音を立てて霧消した。不可解だ。

「怒ってるつもりはなかったのですが」

「鬼みたいになってたよ」

「すいません」

「頼むよ覇王。覇王が筋トレに命懸けてるのは分かったけど、私がここで言いたいのはそんなガチなトレーニングをしながら勉強して果たして頭に入るのかって事だよ」

「どうなんでしょうね。トレーニング中は本当に必死で」

「つまり集中してるわけだ」

「そうですね」

「覇王なら物凄い集中力を出しそうだけど」

「確かに、トレーニング中教科書を読むと瞬間的に記憶できますね。写真みたいに全体が頭に入ると言うか」

「それ内容分かってるの?」

「テスト中は頭の中の画像をズームアップして読んでます」

「何その化け物みたいな能力。たとえそんなの出来たとしても知識が入ってないと調べるのに時間が掛かって時間切れになりそうだけど……」

「テスト中は普段の筋トレで使う集中法を流用するんですよ。すると時間が止まる」

「止まるか」

「実際、国語なんかは五分で終わりました。教科書の漢字や本文を書き写すだけだったので」

「なるほどねぇ」

 花咲さんは手元の小さなノートにメモを取ると、しばらく考え込むように口元に手を当て、黙り込んだ。

「これ」

「どうしたんですか」

「人間離れ過ぎて記事に出来ないよ……」

 どういう意味だ。

「絶対嘘じゃん、これ」

「でも現実です」

「常人のそれじゃないんだよ。うーん、授業中しっかり集中して聞いているからテスト前は復習だけしてるってことにしとこうかな。嘘になるけど、なんつーかこのまま載せるとインタビュー記事とかゴシップと言うよりUMAの紹介記事みたくなりそうだし」

 言っている意味がよくわからないので「それは楽しそうですね」と愛想笑いを浮かべておいた。

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