4章 不穏

4-1

 意外な結果は意外なところで現れた。

「覇王、大変だっ」

 次の授業の準備をしていると花咲さんが僕の机をドンと叩いた。休み時間にそもそも僕に話しかけてくる人間など珍しかったので何事かと驚く。

「どうしたんですか」

「いいから掲示板を見てみなよ」

 彼女が胸元に僕の腕を抱え込む。柔らかい感触がして、心臓が早鐘の様に鳴り響いた。心臓の音はビリビリと壁を揺らし誰かが地震だと騒ぎ出してクラスメイトが次々に机の下にもぐりこんだ。

「はぁはぁ、何でこんなに引っ張ってるのに動いてくれないのさ」

「えっ、引っ張ってたんですか?」

 まさか腕を引かれていたとは。微力過ぎて気付かなかった。今後はもう少しアンテナを張ろうと思う。僕は立ち上がると机の下で震えるクラスメイト達を尻目に廊下に出た。

「それでどうして掲示板に?」

「学年テストの結果が張り出されたのだよ」

 学年テスト。

 そう言えば先日僕達にとって始めての中間テストが行われたのだ。

 この学校ではどうやら優秀者の名前と得点は体力測定の時と同じく、掲示板にて発表されるらしい。切磋琢磨させる事が目的なのだろう、と言うのは花咲さんの考え。

 掲示板の前までやってくるとすでに人だかりが出来ており、ざわめきが広がっていた。

 大きな掲示板に三枚、縦長の紙が張り出されている。学年別の結果だろう。その一番右側、三年生の結果に目が行く。


 一位 古寺正枝(三年一組) 一一二〇点


 やはりさすが生徒会長と言った所だろうか。全十二科目合計で千点越え。単純計算で一科目辺り九十点以上は獲得している事になる。

「さすが生徒会長ですね、古寺さん。僕じゃひっくり返ってもあんな点数取れませんよ」

「え、じゃあ覇王は裏返りでもしたの?」

「えっ?」

「一年の結果を見てみなよ」


 一位 立花幸久(一年五組) 一一五〇点

 二位 立花冴香(一年五組) 一〇〇〇点


 しばらく声を出すのを忘れていた。

「ね、大変でしょ? 覇王はこんなところでも覇王なんだ」

 何故か得意げな様子で花咲さんが声を掛けてくれる。

 僕は静かに頷いた。

「ええ、驚きましたよ。まさか冴香が二位を獲得するとは」

「そこじゃねーよ!」

「はい?」

「一位を見ろって言ってんの!」

「立花幸久さん、ですか」

「そうだよ。凄い事だよこれは」

「ええ、本当に。まさか同じ名前の方がいるとは」

「オメーだよ!」

 花咲さんが声を荒げる。機嫌でも悪いのか。どうしたのだろう。

 いや、それより今着目すべきはそこではない。

「僕が、トップ……?」

 しかも一一五〇点てほぼ満点ではないか。

「ブハハッ、そんな馬鹿な」

 僕が思わず噴き出すと風圧が空気を裂き遠方にある体育教員待機室の窓にヒビを入れた。体育の宮崎先生が叫び声をあげる。

「ほぼ満点だなんて、そんな漫画みたいな事起こるわけがないじゃないですか」

 確かに今回のテストは出来が良かった。でも僕はそんな秀才キャラじゃない。運動も勉強も昔から苦手だった。運動に関しては筋肉でそれなりにカバーしてこの少ない男子の中でも比較的良い数値を出す事が出来たけれども、勉強はそうはいかない。僕はそこまで突出した勉強などしていないのだ。

「何だよ。目の前の現実が信じられないってのかい?」

「僕がトップとは考え難いですし、何かの間違いでしょう」

 すると花咲さんはチッチッチと指を振りながら舌を鳴らした。どうでも良いが仕草が古い。

「そう思って私も独自に調査したのだよ。入学試験の結果がどうだったのかをね」

「そう思ってたんですね」

「何と驚くべき事に入試のトップは覇王、君なのだよ!」

「無視ですか」

 待て。

 入試の一位が僕?

 まるで実感がないので驚きもない。平然とした僕を見て「余裕のツラだな覇王!」と花咲さんがまくし立てた。

「ここまで来たらもう言い逃れは出来ないね。私が企画している第一弾学内新聞、その題材になってもらうよ」

「新聞部は以前からあったのに学内新聞は第一弾って何か妙ですね」

「なんていうかそれまで結構お堅い新聞でさ、部活動や委員会の活動を雑然と取り上げてるだけだったのだよ。だから私がもっと生徒寄りというか、ゴシップ的なものにしようと思ってね」ろくでもない。「とりあえず覇王、今日は私と帰ってもらう。そして喫茶店でインタビューだ」

「あまり目立つのは好きじゃないんですが……」

「無理だよ。それ以上目立てない」どういう意味だ。

「喫茶店じゃなくても教室や新聞部の部室で良いんじゃないですか? お金もかかるし、花咲さんも負担になるでしょう」

 喫茶店でコーヒーが五百円程度だとしても僕達高校生からしたら大きな出費である。そんな貴重なお金をよりにもよって僕なんかのインタビューで不意にさせるわけにはいかない。

「何言ってんの。校内のインタビューじゃ雰囲気でないじゃん。私もノッて来ないしさ。ついでだから冴ちゃんも誘って三人でお茶しようよ」

 何となく気づいた。ひょっとしたらこれは取材と称した彼女なりの遊びの誘いなのではないだろうか。花咲さんとは学内での交流は多々あるが、そう言えば一緒に遊びに行ったりは一度としてない。異性の友達なんて出来た事がなかった僕はそんな物だろうと思っていたが、よくよく考えると冴香が花咲さんとどこかへ遊びに行ったという話も聞いたことがない。

「まぁそこまでおっしゃられるのであればやぶさかではないですが」

 僕が言うと花咲さんは「じゃあ決まりっ!」と嬉しそうに指を鳴らした。そんな彼女の姿に、なんだか僕まで嬉しくなって笑みが浮かぶ。

 それにしても。

 僕は掲示板を見る。

「一位か」

 そんなことありえるのだろうか。

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