8-2

 その時スピーカーから音楽が流れてきた。軽快なポップソングで、よくテレビで流れている流行の曲だ。

「そろそろ時間だね」

 冴香が壁の時計を見上げる。

 しばらく音楽が流れた後に、スピーチが始まった。古寺さんの声だった。


 全校生徒の皆さん、おはようございます。こちらは生徒会です。

 今日は待ちに待った栄華祭です。

 今までの準備をしっかりと活かし、最高の思い出を作りましょう。

 それでは第三十七期、栄華祭、始まります。


 高校生のクラス展示なんて保護者や知り合いくらいしか見に来ないのではないかと思っていたが、意外と一般のお客さんらしき人も多く来ているみたいだ。ちらほらと僕達の展示を見ては、感嘆の声を出してくれている。

 気になるのは、大体の人が僕の姿を見てうわっと声を上げる事だ。

 冴香はその姿を見て愉快そうに笑った。

「そりゃこんな怪物みたいなのが入り口にいたらビックリするよね」どういう意味だ。

 三十分と言う短い受付の時間が終わった。次の係に簡単な引継ぎを済ませて教室を出る。

「折角だし、一緒に回ろうよ」

「花咲さん達と合流しなくていいのか?」

「午後から一緒に回る予定だから良いの」

 冴香と何となしに学内を見て回る。三年生の模擬店が学校のいたるところで開かれており、体育館ではレクリエーションとして演劇部が出し物を行っていた。

「午前中なのに結構お客さん入ってるんだな」

「うちの学園祭評判良いらしいよ。一応共学とは言え元は女子校だからナンパ目当ての人も多く来るって」

「何だって?」何だか聞き捨てならない話だ。「大丈夫なのか、それ」

「一応警備を雇ってるみたいだけどね。見てない? 学校内にいたけど」

 全然気付かなかった。

「やっぱりまだほとんど女子校と変わんないから警備は要るよね。それにうちは入場制限も特にないし、変な人も入る可能性があるから」

 冴香はそう言うと、僕の袖を引っ張った。

「まぁ今日は絶対無敵のボディーガードがいるけどね」

「無敵な訳ないだろう」

「学校の屋上から人一人抱えて落ちても五体満足で生きてる人は無敵だよ。この世界では大体」

 しばらく回った後、グラウンドへと続く階段で休む事にした。

「やぁっと一息つけるね」

 売店で買ったソフトクリームを片手に冴香は顔を緩める。どこか遠くのスピーカーから朝にふさわしい爽やかで軽快なバンドミュージックが流れており、売り子の声や来場客の喧騒に溶け込んでいた。グラウンドでは軽音楽部がイベント用にステージを組み挙げており、何人かの生徒が作業をしている。

「いいねこう言うの。何か嬉しい」

 目を細める冴香の視線をなぞる様に、僕も風景を見渡した。信じられないくらい穏やかな夏の終わりで、秋の始まり。空は高く、雲はゆったりと流れていた。より一層色彩を増した青空が穏やかな太陽の光に包まれ、式日を豊かに染め上げる。

「……ねぇお兄ちゃん、学校どう?」

「何だその質問」苦笑した。

「ほら、一応私がこの学校に誘った訳だし、責任感、みたいな。それになんか一時期悩んでたみたいだったからさ」

 なんだかその言い方が面白くて、僕は思わず笑ってしまった。

「お前は本当に、昔から変わらないな」

「えっ、何が」

「本当によく人を見てる」

 そんな存在に僕がどれだけ救われてきたのか、冴香は分からないだろう。

「何それ」

 返答が気に喰わなかったのか、冴香は不機嫌そうにそっぽを向いた。

「お前のおかげだよ」

 僕が言うと冴香は探るような視線を投げかけてきた。僕はそっと遠くを見る。

 ここからの景色は、多分逃げ続けていたら見る事が出来なかった。

「この学校にしてよかった」

 しばらく黙った後、冴香は小さな声で「そっか」と呟いた。


「あ、居た。冴ちゃーん」

 階段に座っていると、花咲さんが遠方から手を振ってきた。冴香が驚いたように携帯を見て、慌てて立ち上がる。

「いけない、十二時じゃん。全然メール気付かなかった」

「もうそんな時間なのか」僕も立ち上がる。すっかり長居してしまった。

 手を振る花咲さんの近くには瀬戸さんを含めクラスの女子が数人こちらを見ていた。わざわざ冴香を探しに来てくれたのだろう。

「お兄ちゃんも一緒に行こうよ」

「いや、遠慮するよ」

 あの輪に入るのはまだ少しハードルが高そうだ。それに中途半端に混ざって場の空気を悪くしてしまうのも怖い。

「何で。来たらいいじゃん。ほら」

 多分冴香は僕が何故断っているのか分かった上で気付いていないふりをしている。

「大丈夫だ。お前はお前で楽しんで来い」

「けど……」

「いいよ。ありがとう。折角の栄華祭なんだから、僕に気を使わず楽しんで来い」

 ポン、と背中を後押ししてやるとしぶしぶと言った様子で冴香は歩き出した。

「ナンパされそうになったら電話しろよ」

「そしたら走って来てよ! 絶対!」

 当たり前だ、と返すと冴香は満足気に笑みを浮かべて走っていった。


 今まですまなかった。もう二度と、お前を悲しい目に遭わせたりはしない。絶対にだ。


 あの日した約束は、今も色あせずに僕の中に残っている。

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