3-7
「おはよう、立花君」
冴香と一緒に登校していると背後から声を掛けられた。振り向くと江崎君がいた。どうやら改札から出たところで僕達を見つけたらしい。
「おはようございます」
「いつもこの時間に登校するんだ」
「ええ、まぁ」
「ちょっとお兄ちゃん、誰この人」
冴香が小声で尋ねてくる。そう言えば冴香にはまだ江崎君の話はしていなかった。
「ああ、こちらは四組の江崎君」
「江崎? どこかで聞いた事があるような」
「体力測定で男子一番だったんだ」
僕が説明すると冴香は納得したように頷いた。
「江崎君、こっちは妹の冴香」
「どうも」冴香が軽く会釈する。しかし江崎君は不思議そうな顔をしていた。
「妹って? 立花君の家は双子か何か?」
「いや、違いますが」
「でも同級生だよね?」
「そうだよ」と冴香は言い、何かに気づいたのか言葉を付け加えた。「お兄ちゃんはね、浪人生なんだよ」
「え、そうなんだ」
目を丸くする江崎君に僕は困惑する。
「てっきり言ったと思ってましたが」
「いや、今初めて聞いたよ」
「でも僕の事は知ってたんですよね?」
「まぁ立花君は有名だから」
「それなのに浪人生である事は知らなかった」
「そうだね」
「何故です?」
「えっ?」
「何故僕の事を知っているのに浪人生である事を知らなかったのですか?」
「いや、それは聞いた事がなかったし」
「なのに僕の事は知っていた」
「まぁ……」
「何故です?」
「え」
「何故?」
「ちょっと、何朝っぱらから激詰めしてるの」
見かねたのか冴香が割って入ってきた。
「激詰めなんかしてたか?」
「新入社員のミスを追及するブラック企業の上司みたいだったよ」どんなのだ。
「多分立花君は自分を勘違いしてるんじゃないかな」
江崎君の言葉に「どういうことです?」と尋ねた。
「立花君は多分、自分が浪人生だから有名なんだと思ってるんでしょ?」
「それ以外に何があるんですか?」
「多分立花君はもうちょっと、自分の凄さを自覚すべきだよ」
「自分の凄さ?」
そんな凄さは持ち合わせた記憶がない。僕が首を捻っていると、冴香は「そうだよ」と江崎君の言葉を助長した。
「お兄ちゃんは、自分の事を過小評価しすぎ」
「立花君は自分の評価よりもはるかに別の部分を見られてるんだよ」
「そうそう」
江崎君と冴香はまるで示し合わせたみたいに言葉を重ねてくる。
「何だか二人共、随分息が合ってるじゃないか」
僕が指摘すると二人は目を合わせておかしそうに笑みを浮かべた。
「確かに。妹さん、察しが良いね」
「冴香で良いよ、江崎」
「呼び捨てか……まぁいいけど。それよりいきなり名前呼びはお兄さんに気が引けるから立花さんって呼ぶことにするよ」
「照れ屋だね」
「立花さんがフランクすぎるんじゃないかな」
「なんだか今日は随分賑やかですなぁ」
「あ、春ちゃんおはよう」
「おはよう冴ちゃん。やや、なにやらニューカマーがいるね」
「何、ニューカマーって」
「君はもしや江崎君? 噂の」
「僕って噂なんだ」
「私と覇王の間ではすでになってるよ。あ、私は一年五組の花咲春って言います。以後お見知りおきを」
「どうも」
そこで三人はハッと黙り、僕の方を見上げてきた。
「どうしたの? お兄ちゃん。なんだか嬉しそうだけど」
「そうかな」
「僕にもそう見えるよ」
「確かに。覇王はご機嫌に見えるね」
「じゃあ、そうかもしれませんね」
こんな賑やかな風景に自分がいる。その事が、僕はなんだか嬉しかった。
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