6-2
昼食を済ませて家を出た。照りつく太陽と、蝉の声に夏を実感する。夏休みに用事で出かけるなんてこれまでなかった。そのせいか何だかわくわくしていた。
校門の前で待っていると見覚えのある制服姿の女子がブンブンと手を振って走ってきた。彼女が瀬戸さんらしい。冴香や花咲さんと一緒に居るのを見た記憶がある。
瀬戸さんは少し短めのスカートに、紺色のベストを着ていた。暑くないのだろうか。彼女の表情はなんだか朗らかで、花咲さんや冴香とも違う独特の緩さが読み取れた。
「すいません覇王、待たれましたか?」
「いえ、今来たばかりですので」
「お暑い中申し訳ございません。本当にありがとうございます」
何だか発言からビジネス臭がするのは何故だろう。
「多分みんなもう教室に居ると思うので行きましょう」
「はい」
何故僕だけ校門の前で待たされたのか一瞬不可解に思った。でも人手不足だと言っていたし、少人数の中に僕が居ると他の参加者も居心地が悪いだろうからこちらのほうが良かったのかもしれない。瀬戸さんなりの気遣いだろう。
瀬戸さんに連れられるようにして、僕はその後ろを歩く。後頭部で束ねた左右の髪の毛がゆらゆらと揺れている。
夏休みの学校は驚くほど静かで、合宿シーズンなのか他の部活動の姿も見当たらない。太陽の光で照らされた新緑の濃い影が廊下に入り込んでおり、開け放たれた窓の外には青い空が高く広がっていた。
「瀬戸さん」
「はい、なんでしょう」
「今日は何をするんでしょうか」
「栄華祭に必要な備品を皆で考えて、買出しに行く予定です」
「栄華祭で僕達は何をするんでしょうか」
すると瀬戸さんはピタリと足を止め、こちらを恐る恐る振り返った。
「確か最後のホームルームで決めたはずですが……」
「そうだったんですか」
最後のホームルームは教師について考えていた記憶がある。聞き逃していたのだろう。
「そう言えば覇王はあの時どの案にも挙手をされていませんでしたね。不動である事を美徳とされているのだと勘ぐってそのまま話を進めてしまっていたのですが、違ったのですね」
「多分気が抜けていたんだと思います。どうもすいません」
「いえ、こちらこそ何かすいません」
「いやいやこちらこそ」
「いえいえいえ」
「いやいやいや」
「どうぞどうぞ」
二分ほどお互いに頭を下げあう。
閑話休題。
「一年生はクラス展示をやる予定になっておりまして、うちは美術部員が多いので教室を美術館みたいにしたら面白いんじゃないかって話が上がっているのです」
「学園祭と言ったら模擬店なイメージがありましたが」
「お金の管理とかが入るので、一年生はまだ任せてもらえないみたいですね」
「やっぱり厳しいんですね」
「やっぱり厳しいのです」
「美術館って言うと具体的にはどんな?」
「一人一つ作品を作って展示するって形です。それと同時にクラス全員で一つ合同で作品を作ろうかなと」
「一人一作品、ですか……」
初耳なだけあってまるで何も用意していない。冴香からもその関連の話をされた事はなかった。
「あ、覇王は大丈夫ですよ。覇王の作品は決まってますから。今日買うのも、クラス作品分と同時に覇王の為の備品も含んでるんです」
「え? どういう事ですか?」
「皆からの希望で覇王に作って欲しい作品があるんです。あの時は覇王も了承済みだと思って勝手に採決しちゃったんですけど、実際問題覇王なら大丈夫だと思います」
「それは、一体……?」
「はい。予算で丸太を購入するので、覇王はちょこっとそれに拳を打ち込んで手形を残してくれたらいいですから」良くない。
瀬戸さん、と言うよりもクラスが構想するとんでもない教室展示の構図を耳にしているとやがて教室にたどり着いた。
しかしそこには誰の姿もなかった。
窓が締め切られた教室はムッとしていて、人がいた形跡はおよそない。目を細めてしまうほどの強い日差しだけがあった。
「あれ? おかしいぞ、誰も居ない……」瀬戸さんは当惑した表情を浮かべる。
「教室に待ち合わせなんですよね?」
「はい。参加者は教室に集まるように伝えてあるはずなんですけど。ドタキャンされちゃったのかなぁ……」
「何人来る予定だったんですか?」
「追加で四人は来るはずだったんですけど」
「その人たちは何て?」
「行けたら行くって言ってました」それは体の良い断り文句では。
「もしかしたら遅れているだけかもしれませんし、もう少し待ってみましょうか」
僕が言うと瀬戸さんも「そうですね」と弱々しく微笑んだ。折角こうして働きかけてくれたのに人が居ないから即解散、では彼女が報われない。どうにかならないだろうか。
教室の窓を開けると篭った熱気を吹き飛ばすような涼やかな風が飛び込んできて、白いカーテンを揺らした。僕は窓枠に身体を預け、少し外の様子を眺める。分厚い雲が高い夏の空に浮かんでいて、そっと風に流されていた。
「やっぱり夏休み中に集合、だなんて面倒くさいですよね」
いつの間にか隣に瀬戸さんが立っており、僕と同じように景色を眺めていた。
「自分でも張り切りすぎかなとは思ったんですけど」
「そんな事ないです。そう言う役割の人が居ないとイベント事は中々話が進まないと思います」
「高校だから、中学の時みたいに惰性でやるんじゃなくて、ドラマや映画にあるような青春って感じの事、してみたかったんです」
「青春……」なんだか胸に来る言葉だった。「分かる気がします」
「分かってくれますか、覇王」
「はい」
瀬戸さんは一瞬嬉しそうな笑みを浮かべたあと、すぐにハッとしてその表情をニヤリと不敵な物へと変化させた。行動の意味はまるで分からなかったが、とりあえず僕も合わせて不敵な笑みを浮かべた。
「実を言うと本当は今日、覇王はシークレットゲストの予定だったんです」
「シークレットゲスト」
「はい。ダルそうな感じで集った同級生達の前に突如覇王をお連れすることで空気をピシャりと引き締めようと思いまして」
「だから僕だけ校門の前で待ち合わせだったんですか」
「そうなんです。まさか覇王が唯一の参加者だとは思いませんでしたが。本当にすいません。申し訳ございません」謝り方が切実過ぎる。
「謝らないで下さい。瀬戸さんから電話が来た時、僕は嬉しかったんです。こう言う『青春って感じの』イベント、中学の時は参加したことがなかったので」
「へぇ、もっと学園を牛耳ってバトルロイヤルみたいな感じの事をされているのだと思っていましたが」どんなイメージだ。「でも、冴香ちゃんも似たような事言ってたかも」
「冴香が?」
「はい。中学の時は学校が面白くなかったから、高校に来て良かったって」
「そうですか、冴香が……」
「あの、何か私まずい事言っちゃいました?」
「いえ、大丈夫です。教えてくれてありがとうございます」
「いやいや、どういたしまして」
彼女は先ほどと同じく謎の不敵な笑みを浮かべた。台無しだ。
「でも、驚きました」
「何がですか?」
「覇王、びっくりするくらい話しやすいですね。聞き上手と言うか」
聞き上手。
以前いつだったか、江崎君にも似たような事を言われた事があった。
「包容力ありますよね。親というか、何と言うかもっと尊大な。支配者……いや、神?」
飛躍しすぎだ。
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