1章 覇王、爆誕!

1-1

 一年後の春だった。


「じゃあ、行って来るね、お母さん」

「行ってらっしゃい、冴香。あとでお母さんも行くから」

「今日は入学式なんだから遅れないでよ」

「遅れるわけないじゃない」

「じゃあ、母さん。僕も行くよ」

「え、ええ、行ってらっしゃい、幸久……」


 冴香が玄関の扉を開けて飛び出す。僕は玄関のドアをくぐって外に出た。

 背、伸びたな。成長期だから無理もないか。

 桜が満開の時期だった。高い日差しが地面に木々の影を映す。木漏れ日が大気を染め上げ、世界を光り輝かせていた。


「まさかお兄ちゃんと同級生になるとはね」


 通学路を二人で並んで歩いていると、冴香はしみじみと言った。


「冴香、学校では知らないフリしていいんだぞ。高校浪人した兄貴なんてあまり良い印象は受けないだろうから」

「何でそんな事言うのよ。大体、笑いの対象って言うか……」


 冴香は僕の体をまじまじと見た。なんだ、何がそんなに珍しいのだ。


「覇者よね。世紀末覇者」

「何を言ってるんだ……」


 桜並木を通っているとちらほらと僕達が通う高校の生徒らしき人が見えてくる。紺色のブレザーに濃い緑のチェックスカートやスラックス。制服が人気の高校でもあるらしい。僕の制服はサイズがなかったので特注だ。破らないようにしないといけない。

 歩いていると僕達の新しい学び舎が姿を現した。入り口に立っているのは生徒指導の先生だろう。ジャージを着て竹刀を持っている。いかにもだ。


「竹刀持った先生とか本当にいるんだ……」


 冴香は驚愕の眼差しだ。僕はそれよりも少し気になる事があった。


「さっきから思ってたんだけど、随分女子の比率が多いな」


 二十人に一人くらいしか男子が見つからない。


「そりゃそうだよ。元々女子高なんだし。今年から共学」

「そうなの?」

「そうだよ。知らないで受験したの?」

「冴香に言われて選んだからな」

「なにそれ」冴香は呆れ笑いだ。


 生徒たちの一群に紛れ、僕達も校門をくぐろうとした。

 視界に竹刀が飛び込んでくる。


「ちょっと待て貴様」


 先ほど見かけた生徒指導の教員だった。


「なんでしょうか」

「なんでしょうか、じゃない。なんだ貴様は。あからさまに怪しいぞ」


 ちょび髭にパンチパーマで教員は凄んでくる。一歩間違えればヤクザだ。


「はは、何をおっしゃるうさぎさん」

「だれがうさぎさんだ。それともなんだ、貴様にとって俺はうさぎにしか見えないという事か」

「まぁ見えなくもないですが」

「俺が寂しくて死ぬとでも思っているのか!」


 なんだ、何故切れているのだこの人は。理解に苦しむ。どうしたものかと困っていると冴香が「違うんです」と割って入ってくれた。


「この人は私の兄で、今年から新入生として入学するんです」

「兄で新入生? なんだその神様で中学生みたいなノリは」


 意味が分からないと言う教員。


「僕はその……高校浪人してまして」


 改めて言うと至極恥ずかしい。この日本国において高校浪人している人間が一体何人いるというのか。何故浪人しているのか理由を問われるかもしれない。

 しかし意外な事に教員は納得したように頷いた。


「ああ、お前が例の……すまんな。そんなでかいなりをしているからつい不審者かと」

「いえ、分かってもらえれば幸いです」


 どうやら今年高校浪人した生徒が入って来るという話は既に教員には伝わっているみたいだった。話が早くて助かるが、気持ちは複雑だ。騒ぎのせいで周囲から注目を浴びている。

 居心地の悪さを感じた僕は「冴香、行こう」と先を促した。


「失礼な先生だね」

「ちゃんと謝ってくれたじゃないか。そう言うのって中々出来ることじゃないよ」

「お兄ちゃんは優しすぎるんだよ」

「お前もな」

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