8-4
栄華祭二日目。
約束通りクラス展示の受付を終えた僕は校門前で古寺さんと落ち合った。
「ごめんね、付き合わせて」
「いえ、僕も行き場所がなかったので役割を貰えるのは助かります」
校門横に設置されている受付で案内を配るのが僕が手伝う最初の仕事だ。受付には以前見かけた事のあるメガネの女性が座っており、僕は三十度の角度で頭を下げ挨拶した。
「一年五組の立花幸久と申します。本日はどうかよろしくお願いいたします」
「よろしく。君が立花君かぁ。なるほど。古寺会長からいつも聞いてるよ。最近立花君の話ばっかりだから」
「僕の話……?」
まさか古寺さんも筋トレを……?
信じられない気持ちで一杯になっていると「ちょっと向田女史!」と古寺さんが声を荒げた。
「余計な事言わなくて良いから!」
「あれ、会長照れてるんですかぁ?」
「立花君、あっち! あっちで配るから! あっちで!」
ぐいぐいと背中を押され、受付の対面へ誘導される。広い校門なので反対側からも配らないといけないのだ。
「ごめんね、変な事言って」
古寺さんは顔を真っ赤にしている。まだ僕に筋トレの話を振るのは早いと思っているのだろうか。ガチトレーニングに移行する前の基礎トレーニングをしている段階なのかもしれない。それならばその意図を汲まざるを得ない。
「向田女史と言うのはあちらの方の渾名ですか?」
「名前だよ。変わってるでしょ。だからフルネームで呼んでるの。アレでも一応副会長。今二年生だから、時期会長候補だね。はいこれ配って」
学内の地図と各ブースが載った案内が手渡される。『生徒会』と書かれたワッペンも。
「二日目は部活のイベントが多くてね。生徒会の子も部活と兼任してたりで人手不足なんだ。各クラスの実行委員に手伝ってもらったりもするんだけど、人が多いほうがやっぱり助かるってね。それに模擬店や展示の優秀賞を決めたりもするから。アンケートの開票とかもしないとダメだし、二日目は本当に目まぐるしいから覚悟しといてね」
「了解致しました」
校門から中に入るお客さんにそれぞれ案内を配っていく。午後から栄華祭に来る人も多く、割と忙しかった。満遍なく配ろうとしても人の波が激しく、本気を出さないと全員に配布するのは難しい。僕は反復横とびで次々と彼らの手に案内を握らせ、無くなったらダンボールを開き、溜まったダンボールを握りつぶした。
そうした行動を続けていると、いつの間にかオーディエンスが湧いており、ダンボール二つを左右の手で握り潰すと拍手が起こった。
「パフォーマーみたいだな……」様子を見ていた向田さんが呟く。
一段落した所で体育館のスケジュール調整へと向かった。時刻と出し物が時間通りに進んでいるか確認し、時間が押したり巻いている場合は古寺さんが指示を出す。
サポートと言う名目で共に行動している物の、ほとんど付き添いに近い形だったので特にやる事も無かった。ただ突っ立っているのも居心地が悪いし、何より邪魔になる。
「外に出てましょうか」
「いいの。一緒に居て」
強い口調だった。真剣な顔で頼まれると断れない。
目の前で一生懸命仕事に励んでいる古寺さんを見ていると、本当にしっかりしていて頼りがいのある人だと感じる。何気なく話していたけれど、こうして各方面の仕事を担って、その場で判断して、指示するというのは凄い事だ。人間としての格の違いを目の当たりにしているようで、自分なんかが一緒に居て良いものかと引け目を感じてしまう。
生徒会長としての仕事っぷりから想像される人柄。周囲に人間像を誤解されるのも仕方がない事なのかもしれない。
古寺さんはそのプレッシャーに負けて自分を偽ってしまった。その偽りが引き金となり、どんどん戻れなくなった。彼女の頑張りが、皮肉にも彼女の生きる世界を息苦しいものにしてしまった。
あの薬局の空間は、彼女にとっては休憩場所だったのかもしれない。
一通りの仕事をこなすと、二日目も終わろうとしていた。栄華祭の公開時刻は終幕を迎える。それと同時に、古寺さんの生徒会長としての役割も。
来場アンケートの開封作業が終わると、放送室へ向かった。空には月が浮かび、太陽は向こう側に沈もうとしている。
「いよいよこれが私の最後の仕事だよ」
放送室でアンケート結果に目を通しながら、古寺さんは僕に言う。生徒会のメンバーは他に仕事があるらしく、部屋に居るのは放送部員を覗けば僕と古寺さんだけだ。
「終わらせてくる」
「頑張ってください」
古寺さんは緩やかに笑みを浮かべると、放送ブースへと入って行った。
「皆さん、栄華祭、お疲れ様でした」
ゆっくりと原稿を読み上げる古寺さんの声は、静かな黄昏時に溶けてゆく。
「今年の栄華祭も、無事終了する事ができました。栄華祭の成功は、皆さんが一人一人努力した結果です。本当にありがとうございました」
原稿を読み上げる彼女は、凛として、動じない。
「今年もたくさんの方から来場アンケートを戴くことが出来ました。これから、部門別、学年別に結果発表を行います。それでは、一年生の部。第一位は、一年四組『達磨百年戦争』、第二位──」
結果が発表される度、どこか遠くの教室から喜びの声や悲鳴が聞こえる。古寺さんは原稿を読みながら、どこか懐かしむように耳を傾けていた。
この喧騒こそが、彼女とにとっての栄華祭なんだ。
すべての発表を終えた後、ブースから戻ってきた古寺さんの前には生徒会のメンバーが集っていた。驚いた様子の古寺さんは緩やかな拍手に包まれ、花束と色紙を渡される。色んな人が、彼女にお礼や労いの言葉を述べ、中には泣いている人もいた。
何となく居ないほうがいい気がして、僕は静かにその場を後にした。
携帯を見ると冴香からメールや電話が何本か来ていた。戻った方が良さそうだ。
「立花君」
呼び止められて振り返ると、向田さんだった。泣いたばかりであろう彼女は、目元を赤く腫らしている。
「よく気付きましたね」
「そのでかい図体だとさすがに気付くでしょ。もうちょっとゆっくりしていけば?」
「あまり長居しても邪魔になりますし、教室の片付けもありますから」
「そっか。それじゃ仕方ないね」
「すいません。古寺さんによろしくお伝えください」
「うん。ねぇ、立花君」
「何でしょうか」
向田さんは僕に深く、深く頭を下げた。
「会長を助けてくれて、本当にありがとう」
「いえ。僕の方こそ、ありがとうございました」
「えっ?」
「今日一日、古寺さんと一緒に行動させて貰って、仕事を拝見させてもらえて。こんなに人から必要とされて、頑張っている人を助けられたんだって、誇らしい気持ちになれました」
「うん。そうだね。会長は、凄い人だから」
向田さんは嬉しそうに笑った。
「あの事故の後、会長はびっくりするくらい人が変わった。それまでずっと感じていた近付き難さが無くなって、凄く表情豊かになって。最初は戸惑ったけど、私は今の会長の方が好きだ。会長が変わったのはきっと、君のお陰なんだよね?」
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