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体育館の前、校舎昇降口の近くに部活動の勧誘や学校からの告知事項を張り出している掲示板がある。新入生と上級生のクラス分けがそこで発表されていた。
「あ、お兄ちゃん。私たち一緒のクラスだよ。五組だって」
一年は五組までクラスがあり、名簿順で僕達は隣り合っていた。
進路を決めたのは中学を卒業して半年ほど経った時だ。
その頃僕は近所にある道路工事現場で日雇いのバイトをしながら、自分の将来の学費を稼いでいた。
僕はイジメに屈して二年近くも家から出なかった。
現実から逃げた僕に、帰る場所なんて甘っちょろいものは用意されていなかった。
引きこもっていた人間が生きていくには、この国の環境はあまりに厳しすぎる。
せめて高校は卒業しなければならない。
でもどこに行こうかなんて、まるで決まっていなかった。
家に帰って机の上を見た時、洒落た制服が映りこんだパンフレットが置かれていた。
「この制服着てる人、バイトの帰りに見たな……」
パンフレットには栄華高校と書かれている。
「冴香がその高校受けたいんだって」
ソファに座った母が言う。
冴香が受けるのか。母の言葉に僕は内心うな垂れた。
そうなると僕はこの高校を受験するわけには行かない。
高校浪人なんてした兄が一緒などと知れ渡っては彼女の新しい生活が台無しになってしまう。
「ここ、私立だけど特待生学費援助とか奨学金の制度が結構充実してるんだ」
横にいつの間にか冴香が立っていた。
「だからお兄ちゃんも、一緒に通えるよね」
僕は、その日からトレーニングメニューに勉強を追加した。
教室に入って席に座った。名簿順となった僕の席は一番前、教卓のすぐ傍だった。
対する冴香は一つ右列の一番後ろ。順番が一個違うだけで大きく離されてしまった。
不安で仕方がない。そして机と椅子があまりに小さい。
教室では既に新入生同士の交流が行われていた。
まずい。このままでは孤立してしまう。
先ほどから周囲の人には異様なくらい距離を開けられていた。
僕が浪人しているという情報が既に出回っていて、皆敬遠しているのかもしれない。
誰か話せる人はいないだろうかと周囲を見渡したが、妙な距離が開いているので迂闊に話しかけられない。
それに男子の姿もあまりなかった。僕を含めて四人しかいない。
他の三人は教室の端のほうで既に固まってグループになっていた。
孤立したというのか。たった一日で。
女子に溢れた教室は心なしかシャンプーの良い匂いがして、教室の熱気ですらなんだかもう言葉では形容しがたい愛のような物に溢れていた。
やがて予鈴が鳴った。皆が席に着く。
先ほどまで騒がしかった室内は、初めてのホームルームと言う事もあってか一瞬で静寂に満たされる。
「はいおはよー」
担任と思しき先生が入ってくる。
若い女性だった。スーツに白衣を着ている。科学の教師だろうか。
「今日から皆さんの担任になる前嶋ともかです」
彼女は黒板に名前を書くと、僕のほうを真っ直ぐ見つめた。
「君」
「なんでしょうか」
「とりあえず窓際端の一番後ろに移動しなさい。右半分が全く見えない」
「わかりました」
僕が片手で机と椅子を持ち上げると教室から「やべえ」「すげえ」と言った呟きが流れ出た。視線が痛い。
僕が着席したのを確認して、前嶋先生はおじさんがタンを吐き出す直前に放つような汚らしい咳払いをして口を開いた。
「それでは改めて、今日から皆さんの担任になります。前嶋ともかです。よろしく」
彼女は深々と一礼する。その姿を見た生徒達は自分も模倣すべきか逡巡した後、各々ぎこちなく頭を下げた。
「今日の予定はこれから始業式、そしてクラスのホームルームで簡単な高校の説明をします。その後多目的ホールで教科書の配布。それをもって昼前には解散です。それではさっそく廊下に並んでください。男女別で」
廊下に出た僕達は言われた通り男女別に整列した。名簿順に並ぶらしく、僕は必然的に前から二番目と言うことになる。
「あなた達が今年入学の男子生徒一期生ね。思春期だし、元は女子校だから女子の比率も高いけど、ちゃんと節度を持って行動する事。何か悩みがあったら先生に相談しなさい」
先生はそう言って一人ずつ男子の肩を叩いたが、僕の時は肩が高すぎて仕方なく肘の辺りをバシバシと叩いてきた。
「あなた本当に人間……? 種族間違ってない?」
「あ、実は僕高校浪人してるんです。だからちょっと目立つんじゃないかと」
「そこじゃねーよ!」
女子のほうからクスクスと笑い声が聞こえる。
恥ずかしかったがそれも運命だと受け入れる事にした。
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