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休み時間、僕は基本的に教室でイジメを受けているか、トイレに押し込められているか、学校中引きずり回されているか、机の上で突っ伏して存在感を極力消すために寝たフリをして過ごしていた。
寝たフリと言うのはよく出来たもので、視界を自分でシャットダウンするものだからどうあがいても耳に意識が集中する。
おまけに地獄耳だった僕は何故か三枝と言うワードを全てすくいあげていた。
その結果、三枝さんは非常にモテる事が分かった。
当たり前だろう。可愛さと優しさを兼ね備えているのだ。
彼女を射止めるのは果たしてどの様な人間だろうか。
悲しい話ではあるが、少なくともそれは自分ではないと分かるくらいに僕は自分の立場をわきまえていた。
彼女と付き合いたいとか大それた気持ちはなく、ただ彼女が幸せになってくれれば良いと思っていた。
彼女が好きな男──出来ればすごく性格が良く格好良い奴で、そして彼女を満たされた笑顔にしてくれれば、僕はそれで納得できたのだ。
正直言うと本心では気が気でなかったのだが。
彼女が男子生徒と話している度に何を話しているのか気になったし、楽しそうに笑顔を見せていると自分にはそんな顔一度も見せてくれた事ないと勝手にひがんだりもした。
もはや、いっその事告白し、玉砕してスッキリしてやろうかとも思った。
だが残念ながらその一カケラの勇気すら僕にはなかった。
イジメをくらい、物を投げ捨てられ、ゴミをぶちまけられ、オマケに好きな子が誰かに奪われてしまうかもしれない不安が積み重なっていく。
妹が入学してくる前に僕のストレスは限界値に達しようとしていた。
そんな折、とうとう四月がやってきた。
僕は二年生になり、妹は中学一年生、つまり僕の後輩になった。
それは新しいクラスになって二週間が経った頃のこと。
入学式はとうに終わり、幸運にも僕はまたもや三枝さんと同じクラスになり、不運にも一年時のイジメっ子達とも同じクラスになったある放課後だった。
いつものように僕は教室の隅に追い詰められて、男子生徒五人からリンチを喰らっていた。
「やっぱりイジメられてんじゃん!」
箒を持った妹の冴香が教室にやってきたのだ。
彼女は男子共をゲシゲシと箒で追い払うと、倒れている僕を見おろす。
上級生のクラスで箒を持って暴れるなんて軽率な行動だったが、優しい妹は僕を見てじっとせずには居られなかったのだろう。
「家じゃイジメられてないって言ったよね?」
そう、僕は嘘をついていた。よく怪我をして帰っていたが、いつも転んでいると言っていた。
妹は非常に面倒見が良いので、僕が中学でイジメを受けていないか心配してくれていた。
彼女を心配させたくないというのもあったが、僕の狙いはもっと別のところにあった。
兄が自分を心配させまいと嘘をついていた。その事実が妹の怒りを駆り立て、よりイジメっ子を酷い目にあわせてくれるのではと思っていたのだ。
僕は自分のそのような姑息な部分が大嫌いだったが、正直こればかりはどうしようもなかった。
最低な人間だと思う。
「なんだ、そいつお前の妹かよ」
「だっせぇ、こいつ妹に守られてやがる」
男子の揶揄にカチンと来たのか、冴香は箒を振り下ろす。
しかし驚いた事に、彼女の箒はいとも容易く受け止められてしまった。
「は、離してよ!」
「やだよ、馬鹿じゃねーの」
成長期の男子の力に敵うはずもなく、あっさりと箒を奪われる冴香。そのまま教室の隅に追い詰められ、いつしか僕の隣に座りこまされていた。
「いいか、今からお前の兄貴がボッコボコにされるけど、お前は黙って見てろよ。出来ることなんてないんだからな」
そうして宣言通り僕はボッコボコにされ、目の前で兄がボッコボコにされている姿を見て冴香はショックで泣き出してしまった。
その光景にイジメっ子たちは面白がり、そこそこの賑わいを見せた後、帰っていった。クラスの人間も半笑いで僕の様子を流し見ているだけだった。
夕焼けが差し込む静かな教室だった。僕と妹だけが残されていた。
僕はふらつきながら立ち上がった。
「冴香、帰ろう」
「もう嫌」
冴香は伸ばした僕の手を振り払った。
「もう嫌だよ。何で中学に来てまでお兄ちゃんを守らないと駄目なの? 私は普通に学校生活を送りたいだけなのに」
そう言って彼女はまた泣いた。僕は何も言う事が出来ず、ただ立ちすくむだけだった。
その時、不意に人の気配を感じた。
振り返って、時間が止まったかのような錯覚に陥る。
教室の入り口に、三枝さんが立っていた。
僕は今でも忘れない。
あの時の彼女の表情。
憐憫の目。
目が合った瞬間、逸らして帰った後姿。
僕は次の日から学校に行かなくなった。
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