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雑居ビルの古いエレベーターを四階に上がると、すぐに目的の大衆居酒屋の入り口だった。
「いらしゃませー」
少し変わったアクセントだと思ったら、出迎えた女店員の名札には「金」と書かれていた。最近はどこのチェーン居酒屋にも留学生が必ずいる。
「工藤の名前で予約を」
「クド様。しょしょうお待ちくださいませー」
店員はいったん奥に戻る。
工藤というのは、工藤敦。私を呼び出した張本人で、高校時代からの友人だ。
敦は、年齢離れした落ち着いた雰囲気をもっていた。高校の頃から、話術や存在感に、明らかに凡人とは異質なもの――言うなればカリスマ、オーラのようなもの――があった。
正義感や博愛心が強く、不正な事件や痛ましい犯罪が起きると、自分のことのように憤っていた。
高校を卒業してからの敦の行動も、意外性に満ちていた。
東京大学になんなく現役入学しながら、たった一年で中退してしまった。
なぜ辞めたのかと私が訊ねたときも、大学ではもう勉強することがなくなった、としか言わなかった。
敦は大学中退後も定職につかず、仕事を転々としていた。道路工事から警備員、店員、清掃員、工員と、およそ職種を問わなかった。
私は新卒ですぐに教師採用されたので、社会人経験と言えるようなものは、学生時代のアルバイトしかない。
そのため、会うたびに敦の職が変わっているのが、面白く感じられた。
敦が話す、様々な職業や人間関係の話は、教師という狭い世界で生きる私には、人間を知るための何よりの糧だった。
私の大学卒業後も、敦とはよく連絡を取り合った。なぜ敦のように魅力と才能に溢れる男が、私のような真面目一辺倒で面白味もない人間といつまでも友人でいてくれるのか、当時はよく分からなかった。
今は知っている。知らないほうがよかったと思うが。
私が教師を退職することになったことも、その理由も、敦にはすべて話した。
敦は私の話を聞くと憤慨した。正義感の強い敦が、私への共感で感情をあらわにしてくれたことがうれしく、なにより自分を理解してくれる友人がいることが心強かった。
この日も、敦が呑みに誘ってくれたこと自体はうれしかった。敦とならいくらでも呑める。
しかし気になったのは、私と敦の二人だけではなく、他にあと二人を呼んで合計四人になるという敦の説明だった。
敦以外の二人と私は面識がないという。そんな他人に私の境遇を話せば、ロリコン変態教師扱いが関の山だ。
そんなことを思うと、どうも重い気分になった。
「お待たせしましたー。コチラへどぞー」
そんな私の気分にはお構いなく、戻ってきた店員は、私を奥へと導いた。
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