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私は都心に移動していた。
逃げるときは人が多い場所のほうが見つかりにくいと考えてのことだ。
トラックに乗ってからこの手記は止まっていたので、残りの部分を書き上げてしまおうと、出来るだけ混雑しているコーヒーショップを探して席をとった。
そこでワンセグ録画から打ち起こしたものが、ここまでに書いてきた内容に含まれている。
打ち起こしを終えて録画番組から放送番組に戻した途端、ワイドショーが容疑者逮捕の速報を伝えているシーンに出くわした。
はじめは、工場に突入があり祐二達が捕まったのだろうと思ったのだが、そうではなかった。
名前は出ていなかったが、日本橋からほんの少し裏手のなんでもない路地で、銀行前で目撃されたものと同じ車に乗っていた男女が職務質問を受け、逮捕されていた。
敦と由希子のほかに誰がいようか。
割り切っていたはずだったが敦の確保は心に響いた。
おそらくあの煙のすぐ後に合流したのだろう。
敦は由希子をどう思っていたのだろうか。
仲間、同志としての行動という意味だけだったのか。あるいは口で言っているほどには割り切れていなかったのか。
ここに来て私に分かったことは、私達の計画が予定外に動いた箇所では、すべて人の心が揺れていたということだ。
敦は、合理的な計画、行動にかけては天才的な才能を持っている、と今でも私は思っている。
しかし、人の心の複雑さ、不条理さというものをあまり汲み取りきれていなかったのではないか。
お寺に生まれたにしては、人間理解が浅かったのではないか。お寺に救済を見いだせなかったのも、そこに何か根本的な欠如があったように思えてならない。
完全な計画があったとしても完全な結果は得られないのが、人間のやる所以なのだろう。
この計画は素人集団の「人」の思惑というファクターをよみきれなかった。
結果、終わりが近づくにつれて思ってもいなかった方向に揺らいでいった。
人に始まって人に終わったのではないだろうか。
無論、私も敦のことをとやかくは言えない。
他の四人の誰一人として、私は心から理解できていたのか。
深美を巻き込まなければよかったのではないか。
深美が私を必要としていたのではなく、私が自分の拠り所として深美を必要としていたのではないか。
これは私が深美依存から脱するまでの記録に終わってしまうのではないか。
祐二も由希子も、本当にこれでよかったのだろうか。
敦はこの結果で納得しているのだろうか。
すべて書ききれているだろうか。
問い続けると終わりがない。
因果応報で、悪事を働いた自分達にはそれなりの報いはあるだろう。
なければそれこそ悲しい世界だ。
その報いに見合うだけの結果が、残せただろうか。
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