7
これが私の脱出の顛末だ。
東京ならではの利便性と、無関心なサラリーマンが多い通勤時間帯と、その二つで考えられたものだった。
敦のほうは、少し違う。敦は車を出たらすぐに反転し、次の交差点で曲がる予定だった。
銀行のすぐ裏手にコインパーキングがあり、そこに祐二の名義の車が月極で停めてあった。
ところが、問題の煙である。
これは計画にはないことだった。
なんの煙か?
後で報道で分かったことだが、荷台のドアが開いた直後に、規制を無視して反対車線に入り込んだ乗用車から、すれ違いざま発煙筒が大量に投げ込まれたのだ。
乗用車は小型車で、目撃者の見た色合いからして、由希子が運転していたホンダフィットに間違いなかった。
由希子はここに姿を現してはいけなかった。規制を破ったうえに、白昼堂々と衆人環視にさらされた車が逃げきれるほど、警察は甘くない。
なぜ彼女は計画を無視したのか。
今は推測しかできないが、敦の逃走を支援するつもりだったのだろう。
煙で攪乱し、自分が加わることで逃走経路を三手にし、追っ手を分散させる。
なるほどと思えなくもないが、浅知恵だ。
敦にも私にも必要ない支援だった。銀行前はそんなに注目はされていないし、そもそも犯人がそこに現れること自体、誰も予想していなかったのだ。
そのために祐二と深美は工場に残り、朝まで情報発信と引き延ばし工作をしていた。
まったく無意味なことだったのだ。
けっきょく由希子は敦への依存心から抜けることが出来なかった。
私との逢瀬は恐らく寂しさの紛らわしであり、敦に当てつけて気を惹き直したかったのではないだろうか。
この煙もそう。単に陽動というだけでなく、自分がこういう行動をとったときに、敦ならどうするか、そこまで由希子は計算していたのではないだろうか。
敦のことだ、あの状況から由希子がやったことだとすぐに推理しただろう。
敦は、元々工場に残るつもりだったぐらいだから、自分が逮捕されることはなんとも思っていなかったに違いない。
だが、出来るだけ仲間が逮捕されないようによく考えて計画を立てていた。
特に由希子と深美は当初の計画通りなら、存在すら気付かれなかったのではないか。
それだけに、由希子が姿を現せば、敦が彼女を守るべく反応するだろうということは予想できる。
由希子もそれを分かっていて、最後に敦を振り向かせる賭けのような想いでもあったか。
私が、敦と由希子が身柄を拘束されたと知ったのは、地上に戻ってから間もなくだった。
由希子の賭けは成功したのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます