第二章「決心について」

第二章「決心について」1

ひととおり話し終えると、私はジョッキの残りを一気に飲み干した。

空になったジョッキを戻して深呼吸すると、実は誰かに話したくて仕方がなかったのだと気付かされた。


実家にいる両親にはすでに退職の話をしていたが、両親は私の事情など理解してくれなかった。

私は、対等な大人同士のつもりで事情を包み隠さずに話し、自分のとった行動への両親からの理解を求めたつもりだった。

しかし両親の口から出たのは、大学までの養育にどれだけかかったと思っているのか、それをすべて私の軽率な行動が無駄にしたのだという責め言葉だけだった。


そのせいもあって、私の心は慎重になっていた。自分の恥を好んでさらす必要はない、と。だが、話したかった気持ちはあったのだ。

敦はもちろん、祐二も由希子も、口を挟まずに真剣に私の話を聞いてくれた。


私は聞き終わったあとの彼らの反応が怖くて、ビールをあおった。

間を作りたくなくて、テーブルに備え付けの注文ボタンを押した。


「スノ、飛ばしすぎじゃないか? お前のペースにしちゃあ……」

「なんだよ、敦。さっき、今日は呑めって言ったろ。いまさらダメとは言わせない。付き合えよ」


「やべぇ、絡み酒だ。しょうがないな」

「いい話聞かせてもらったし、僕もビールぐらいつきあっちゃおうかな」

「磯崎さん、呑めないんでしょ?」

「ちょっとくらい平気さ。だってこんなときに付き合えないと寂しいじゃない」


結局、四人とも酒を追加した。

「電話でもさんざん言ったけど、過ぎたことだから、ベストな選択だったかどうかはもう分からないけどベターな選択の一つだったってことは確かだろうよ」


「僕も同感。それしかなかったんならしょうがないじゃない。見付かったのは運が悪かったんだよ。買春したってバレないエライ人もいるんだから、運じゃない?」


「てかさー、どうせバレるんなら、ほんとにエッチしちゃえばよかったんじゃない?」

由希子が平然とした顔で言ったので、これには私はムッとした。

「いや、そういう問題じゃないだろ」


「でも、したい気持ちはあったんでしょ?」

「ないよ。俺は教師で彼女は生徒だよ?」

「でもさ」

祐二が酔った声で言う。

「けっこう可愛いんでしょ? 正直、ぼくは超可愛い子だったら悩むかも」


私は腕組みをした。

「客観的にみて、彼女に性的な魅力があるかどうかといえば、それはある意味ではイエスだろうけど、子どもだよ? それでどうこうとは……」


それまで不思議な笑みを浮かべていた敦が、不意に口を開いた。

「いや、この際さ、常識的な倫理とか道徳は脇において考えてみろよ。中学生に性的な興味を抱くのは、おかしいことじゃないんだよ。男子中学生は同級生に性的な興味を抱くよな。同級生のエロい想像してオナニーするよな。男の年齢が上がると性的な対象年齢もあがっていく? オヤジはオバハンにしか興味がなくなる? そんなわけないだろ。だからまず、中学生にエロい興味をもつのはおかしいことじゃなく健全なことだという認識が必要だよな」

「健全~? 生物学的には健全なんだろうけど……」


敦はたたみかける。敦は何かを語るときにとても理路整然と論理的に話を進める。

「大体さ、十五歳以下のグラビアアイドルだって普通に商品化されてるだろ? 写真集とかDVD売ってる会社だってよ、まさかそれを買った人間が、額に入れて眺めるだけで満足するなんて、そんなことを期待して商品化してるわけないよな? 当然、そいつをオカズにして一発抜いてくれることを期待しているわけだし、そうでなきゃ商品にならない。ガキだろうがなんだろうが身体がエロけりゃ性的対象として商売になるっていう現実があって、そのくせハイこれは見せ物だから、触ったり揉んだり入れたりするのはNGですよってのはおかしな論理じゃないか」


「だよねー。先生ったって男なんだからさぁ。先生は生徒に性的興味を抱くなってのは無茶ぶりじゃない? だってさあたしらが高校生の頃はそんなこと気にしてなかったし。彼氏が同級生でも大学生でもオジサンでも、好きならそれでいいじゃん」


「生徒をエロい目でみる教師がおかしいっていうより、それをおかしいことだって非難すること自体が、むしろ人間性を否定してるよ。教師は正しい性的欲望を抱いちゃイカンってことだろ?」

「うーん……」

一気にまくしたてられ、私は唸った。


「歴史上はさ、未成年とのセックスなんて当たり前だろ。自分の娘を売ることだって、社会状況によっちゃ当たり前だった。今の日本は? 憲法じゃ女は十六歳で結婚できる。じゃあ十六歳の女と三十歳の男が結婚したら? セックスしちゃダメなのかい? 結婚してたらOKで結婚してないとNGなのかい? なんで援コーはダメなのって、生徒に訊かれたときらどう答えてるもんなのさ、スノ? 愛がないから? ただ悪いことだから? それじゃあユキみたいな最近のコは納得しないんじゃないか? 悪いことには魅力があるんだ。やめさせたいならそれなりの説得力がないとな」


「確かにそれは、難しくてあまり考えないようにしているテーマだけどさ。この話って、最後には自分の身体を大事にして健全な成長をみたいな建前論になるけど、生物学的にはもう子どもを産めるってことは、結局はその子の成長の問題じゃなくて、社会的な問題なんだろうね」


「そこだよ。問題は社会、世の中がそう求めてるってことだ。それがうまくプライベートな成長の論理にすり替えられているんだよな。むしろ遺伝的に考えれば、出来るだけ若くて健康なメスに性的欲望を抱くのはごく自然なことだろうしね」


「じゃあ敦ならどう言う? 世の中が悪いのか?」

「ほっとくってのはどうだ? いいじゃないか、やりたいようにさせれば。援コーしたきゃやればいいし、教師が教え子に手を出したきゃ出せばいいんだ。みんな好き勝手にすればいい」


「それはアナーキーで危険な考えだ。みんなそんな考えになったら、世の中が成り立たない。犯罪だらけで無秩序じゃないか」


「じゃあ聞くが、秩序なんか今の世の中のどこにある? みんなとっくに我がままで自分勝手じゃないか。やりたいことをやりたいようにやる大人なんて腐るほどいるぜ。そういう事件のニュース見ない日があるか?」

「そりゃそうだけど、でも何もそこまで悲観することは……。いくらなんでもそんな無法状態じゃないし――」


「でもお前はクビになったじゃないか。もっとゴミみたいな教師なんていくらでもいるのにな。仮にお前が見ないふりしてその子が父親にレイプされても、親告罪だから自分で言いださなきゃ事件にはならない。事件が起きなきゃお前はクビにならなかった。そういう教師はたくさんいるんじゃないのか?」

「……考えたくはないけど全否定するのも難しいだろうね」


「世の中とっくに道理なんて通らないんだよ。善人がバカをみて、悪人が得をするような世の中は狂ってる。いや人間の世の中はそういうもんで、俺が考えてるようなことはきれいごとだって言われようと、それでも俺はマジメなヤツが損する世の中なんて嫌いだね。昔ワルでも更正するとむしろそれがハクみたいにちやほやされる世の中なんて何かおかしい。最初から最後まで真面目なヤツが報われないよ。なら若い頃はなんでも悪いことやったほうがいいってことになってしまう。報われない善人の救済は胡散臭いカルト宗教だけなんてな」

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