第八章「臨界について」

第八章「臨界について」1

真っ暗になった空間で、私は敦と残りの予定をすりあわせていた。


「ここにきて完全な予想外が一発来たな」

これは敦。

「ああ。申し訳ない」

「スノが謝ることじゃないだろ。偶発的なトラブルにすぎないし、ユキから話は少し聞いてたから、予想できていてもよかった」

由希子のことが敦の口から出てドキリとしたが、幸いほとんど真っ暗だ。表情を悟られることはない。


「しかし、まさかな……」

「スノは心中穏やかじゃないかもしれないが、ポジティブに考えろよ。俺達はあの子がいる三人よりも二人のほうが逃げやすいし、工場はイソ一人よりあの子がいるほうが確実に九時まで時間がもつ。突入されたときの話題性もある」


私は暗くうなずいた。

駄菓子を満載したトラックが到着するときになって、カメラの点検で入り口まで巡回していた祐二が、戻ってくるなり言い出したのだ。

「高橋さんも残るって」


おそらく巡回のときに深美にコンタクトしたのだろうが、私よりも敦のほうが戸惑った様子だった。

「本人がそう言ってるんだな? なんでこんな土壇場に……」


深美が残ると言い出すかもしれない、と私には予想出来なくはなかった。


しかし、まさにここという決定的なタイミングでくるとは驚きだった。想像するに祐二は、自分が最後になると決まってから、敦がノーといえなくなるタイミングが来るまで、ずっと様子をうかがっていたのではないか。


最後に残る一人をひっくり返したときもそうだったが、敦のもつ強力なカリスマ性、リーダーシップは私達の間ではすでに失われていた。

いつしか誰もが自分の目的のためにこの事件を使おうとしていたように思う。


そして敦は、あっさりと祐二の提案を受け入れてしまった。

やはりタイミングの問題だった。考えているような時間はなかったのだ。


「それより手記、確実に頼むぜ?」

「ああ。手記は予定通りずっと書き続けている。こんなに猛烈にタイピングしたのははじめてだよ。もう、ここに入る前ぐらいまで終わってる」


私は臆病だ。直接では敦に真実は言えない。

だから記録としては出来るだけ細かな真実を記録しておく。

由希子とのことも、敦の弱さも何もかも。


それを残しておき、手記としてネットに公開して出来るだけ多くの人に知ってもらいたい。

なぜ私達はこうなったのか、何を訴えたかったのか。他の術はなかったのか。


さて話がそれたが、敦があっさりと祐二の提案を採用したのには、メリットがあるというのもあっただろうが、決定的なのはトラックが工場に着く直前だったという理由だろう。最後の仕掛けのために待ったなしだったのだ。


トラックがハイエースの横に停められたのが二十二時頃。それから私達は入れ替わり立ち替わりで、トラックの荷台とハイエースのバゲッジスペースの間を往復し、駄菓子の段ボールを移し替えた。

ハイエースに入りきらないことは分かっていたので、そのまま第二加工棟の入り口横にも段ボールの壁が増えていった。


私達は四人で黙々とこの作業を行った。


そう、四人なのだ。

深美はここで加わった。ここに敦の計画の秀逸なところがある。


深美はどこにいたのか?

ネタをバラせばどうということはない。

深美は最初からハイエースに乗っていた。

バゲッジスペースの荷物の陰で、寝袋に入ったまま。

見咎められることもなく、人数に数えられることもなく、工場に入っていたのだ。


それからずっと、外に出ることもなく、寝袋の中で携帯ゲームを静かに続けて出番を待っていた。

食事は携帯型のバランスフードとゼリー状栄養食。スポーツドリンクの500ミリペットボトルをちびちび飲んだ。

トイレタイムもなし、唯一、旅行用の携帯トイレは持っていて、それは使ったそうだ。


この計画で最も過酷だったのは深美で間違いない。

十二時間近くもそうやっていたのだ。

大人でも並の人間では根を上げるだろう。それをやってのけた。


この計画を進めることが、何かモヤモヤしたものを世の中に言いたかったからだ、ということは前に書いたが、若さが持つ力や可能性はその一つになるだろう。


三十前の私から見ても、中学生の可能性にはあらためて感心させられたのだ。

世の中を動かしていくのは若者であるべきだ。一握りの老人や金持ちではいけない。


さて深美だが、トラックの積み下ろし作業のタイミングから行動を開始した。

服装は私達と同じ作業服で、帽子は目深に。並ぶと祐二とあまり変わりなく見えた。


私、敦、祐二がタイミングをずらしながら入れ替わり立ち替わり荷運びをする中に、深美もすっと紛れ込んだ。


私達が気を付けていたのは、ただ二つ。

一人以上は必ずトラックの荷台に入っているようにして、四人同時には外に出ないことが一つ。

もう一つは、段ボールを少しずつ外にも積んで、死角を作ることだった。


段ボールの中身は駄菓子なのでそれほど重くない。敦はそこまで考えていた。敦がよめなかったのは人の心だろう。


こうしていざ荷物捌きを始めようというときになって、祐二が深美のことを持ち出してきたのだ。ここは敦の判断の速さをむしろ評価したい。


テレビでは第二加工棟の入り口付近の中継が続いていた。

あとでテレビ録画を見ると、投光器の白い光の中でぱらぱらと動く作業服姿が断片的に映されていた。


夜間だというのにヘリの空撮も続いていたが、建物の庇とハイエースのバックドアに段ボールの山も加わって、丁度第二加工棟の入り口付近は上からも判然としない感じになっていた。

これも敦のよみ通り。敦の計画は恐ろしく完璧だったのだ。人以外は。


荷物の積み下ろしが終わると、私達は目配せで別れを告げあった。

それだけだった。

私達が別れようとしていることは誰にも悟られてはいけない。

ゆえに別れも視線一秒。


不思議なもので、祐二と並んで作業をしている深美を見ていると、あの頃の深美とはもう別人だと感じられた。

怯えていた少女はもうおらず、自分でも意外なほど、深美とはあっさり別れを告げられた。


祐二も随分生き生きして見えた。深美の存在が刺激になったのか。

これなら最後まで祐二はやり遂げるだろうと感じられた。


こうして荷物を片付け終わり、私達はそれぞれの持ち場に別れ、私と敦は暗闇の中でひたすらに朝を待つことになった。

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