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ハイエースは、守衛所からまっすぐ続く車道をゆるゆる進んだ。
道の左右は、背の高いフェンスと、グリーンベルトらしい灌木だった。緑の隙間から時折、工場の無骨な建物が見え隠れしている。
フェンスのところどころに、「監視区域」という標識が貼られていたことを除くと、なんの変哲もない工場としか見えなかった。
これが、日本の原子力発電所に燃料を供給している工場だと思うと、ふと空しく感じた。
たかだか五人の素人でも侵入出来るような場所が日本の科学技術の英知だと思うと、批判するよりも情けないと感じた。
正面の右手に、白くて平べったい豆腐風の建物が見えてきた。
工員が三人、談笑しながらその建物に入っていく。
「第二加工棟だ」
敦がつぶやく。
大きい、と思った。正面から奥まで百メートル以上、高さは十メートルほどは優にある。
それだけ大きいというのに、外壁には窓一つなく、排気用とおぼしきダクトがにょきにょき突き出ているだけだった。
私が直感的に感じたのは、テレビの特集番組で見たことがある、チェルノブイリ原発の事故炉を覆う石棺の写真だった。
それぐらい、異様に壁の存在が際立って見えた。
その石棺もどきの一角に、凹んだ入り口があった。ガラスの戸が開かれていて、一段上がったコンクリートの足場と、同じくコンクリートのひさしが、手前に突き出している。工場の入り口というより、まるで独身寮だ。
ハイエースは速度を落とし、第二加工棟の入り口前をいったん通過した。それから祐二はギアをリバースに入れ、慎重にハイエースを後退させた。
このときになっても私には今一つ実感が湧かなかった。この中に核燃料という非日常的なものがあるとは、ここまでなんの誰何も受けず外部の人間が易々と入れてしまうとは、いくら事前の予備知識があっても、あっけなさ過ぎて受け入れ難いものがあった。
ハイエースは、棟の入り口にほぼ九十度の角度で、ぴたりと後部を寄せて停止した。入り口部分の張り出した屋根とハイエースのルーフが、きれいなT字を描いていた。
「どうよ?」
祐二が自慢げに言う。
「上出来だ。次にかかるぞ、スノ、イソ」
敦はそう祐二をねぎらって、手早く車から降りた。
私達も続き、車の後部に回りこんでバックドアを開けた。
バゲッジスペースには、ところ狭しと荷が積んである。半分ほどが青いビニールカバーで覆われていて、外から中身が見えないようにしてあった。
敦が、ドア手前に置いてあった黄色のプラスチックコンテナを引っ張り寄せた。コンテナの中には、ノートパソコンとデータ通信カード、ワンセグ機能付きのスマホ、ホビーショップで祐二が買い付けてきたモデルガン、人数分のサバイバルナイフが入っている。
「ほんと、遠目には分からないよな、モデルガンがどうかなんてさ。誰も本物見たことないんだから」
敦はそう言って笑った。実際に持てば、本物から予想されるような重量感がないことでモデルガンと分かるのだろうが、眼で見ただけではなかなか分からないものだろう。
それが我々の日常空間なら、実物の銃器が目の前に現れるわけはないという思いこみがあるが、それが核燃料工場となっても果たして同じかどうか。その白黒はすぐに出たのだが。
それから祐二が、小型の自家発電機を引っ張り出した。もちろんクボキバッテリー製だ。
さらに、たたんで横に差し込まれていた折りたたみ式台車を外に出し、コンテナと発電機をそれに乗せた。
敦が、茶目っ気たっぷりに、荷物しか見えないバゲッジスペースに声をかけた。
「じゃ、あとはお留守番だな」
敦を先頭に、私、祐二の順で、工員姿の三人が台車を転がしながら、正面から堂々と第二加工棟に入った。
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