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全員がうなずいたのを見て、敦がもう一度全員を見回して言った。
「今日のところは、計画の話はここまで。これからは、この計画を具体的に準備していく段階に入る」
「ちょっと待って。そうなの? じゃあ質問」
由希子が言ったので、私は、おやと思った。恋人の由希子から質問があがるとは妙だと感じたのだ。
「たとえばさ、工場を乗っ取るのがうまくいくとするじゃない? けどどうやって別動部隊と連絡とんの? だって携帯って使ったらどこにいるか分かるんでしょ?」
「ああ、連絡手段のこと。まず、工場には内線電話がある。工場の人間との交渉にはこれを使う。警察が出てくるなら、警察とのやりとりにもこれを使うだろうな。それから、ノートパソコンとカード型の通信端末を持ち込む。それでワイヤレスでインターネットを使える。犯人自身が、事件の現場から、リアルタイムに情報を発信するんだ。そうすればその情報をメディアがさらに勝手に広げてくれる。楽しいだろ?」
私は首を傾げた。敦にしては詰めが甘い。
「インターネットも、通信カードも、契約があるじゃないか。誰が使ってるかすぐバレるだろ? プリペイド携帯だって今はもうダメだろうし」
祐二が割って入った。
「それには、僕の名義を使うんだ。僕は出入りの業者だもんで、入り口のところですぐに身元が割れるから、素性を隠す意味がないんだ」
ケロリと言う祐二を私はいぶかしんだ。
身元が割れるということは、逮捕されるだろうと思ったのだ。日本の歴史に残るような重大事件の犯人達には、いまだ捕まっていない者もいれば、逮捕された者もいる。だが容疑者の氏名や素性まで割れていながら逮捕されていないケースはあまり思いつかない。
「それは、イソは逮捕を覚悟しているということ? 一人捕まるってことは、つまり全員逮捕されるということだよね」
「いや」
敦がすぐに否定した。
「確かにイソは逮捕されるだろう。だが他の四人は捕まらない。そういうつもりで考えている」
私は唸った。それが敦の言葉でなければ、そんなうまい話があるかと笑うところだが、敦なら本当に何か考えがあるのではないかと思えた。
「分かった。その考えっていうのは、そのうち教えてくれるんだよな?」
「教える」
「なら、今は納得しておく。利用する通信機器や契約類はすべてイソの名義か」
「そうなるね」
今度は深美が手を挙げた。
「あたしも訊いていい? よくわかんないんだけど」
「もちろん、いいとも。君も他の人達と同じメンバーなんだから。どうぞ?」
「あのね、ヒントだけでもダメかな? なんかモヤってして気持ち悪いんだもん。身元がバレてたってバレなくたって、逃げらんなきゃどうせ捕まんじゃない? 立てこもりとかするとさ、警察に包囲されるんでしょ? どーやって逃げるの?」
「いいところに気付いたね。そこには、ちょっとしたトリックを考えている」
「トリック?」
「入るときは堂々と。逃げるときはドロンと煙のように。手品みたいなもんさ」
「どうやって?」
中学生の好奇心は飽くことを知らない。
「すまない、そこだけはまだ詳しいことを教えられないんだ。プランは出来上がっているけど、まだみんなが知る必要はないし、ギリギリまで教えないほうがいいこともある。必ずしも全員が同じことを知る必要はないし、必要のないことは知らないほうが混乱しない」
「僕はあとでいい。ムズカシーことはどうせ分かんない」
「私も知らないけど、そのうち説明してくれればいいし」
祐二と由希子が揃って同意を示すと、深美はまだ少し納得していないような表情だったが、肩をすくめた。
「はーい」
「うん、ありがとう深美ちゃん。みんなにも、まだまだ話していないことは多い。でも心配しなくても、これからもっと具体的な指示をどんどん出していくからさ。今日のところはこんなもんでな。詰め込んだって覚えられるもんじゃない」
敦はあらたまって全員を見回した。
「いよいよこれから本格的に準備スタートになる。よろしく頼むよ。みんなの力が必要だ」
急に、電気のような張りつめた緊張感が場に満ちた。
いよいよ動き出す。
もう戻ることは出来ない。
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