敦達が戻ってきた。

買い出しされてきた飲み物と菓子を補給しながら、敦の話が再開される。


「では、計画の第二段階について。ここでは外の人間とメディアを使うことがポイントだ。それによって俺達の盾を二段構えに出来る。第一に、核燃料を押さえることでいつでも事故を起こせるという脅迫。これもマスメディアを通じて大々的に発信されるだろうが、これはどちらかといえば、日本中の目を集めるためのアイキャッチ・宣伝手段にすぎない。むしろ俺がやってみたいと思っているのは第二の手段。工場を乗っ取っているメンバーに何かが起こると、奪った二酸化ウランが日本のどこかで散布されるという無差別テロの予告」


「それが別動部隊の役割? でも、本気でそんな恐ろしいことを? 無差別テロなんて、敦にしてはスマートじゃないように思うけど。それをやったら本当に洒落にならない」


「いいや。それはブラフ、はったりさ。工場を占拠した直後に、中から敷地の塀越しに何かを外に渡したような動きをとる。そうしたら、渡された別動部隊は行方をくらませて、それっきり表に出なくなる。潜伏して、どこに何人いるか分からなくなることが重要だ」

「はったりだけで効果が期待出来る? ただの脅しだと思われたら意味ないよね?」


「放射性物質だから、はったりが通用すると睨んでるよ。なんでかっていうと、放射性物質には、はったりと見抜かれるような理由がないからだよ。日本人のほとんど誰も、放射性物質が実際にはどんなものかなんて、よく知らないんだから。マスコミにうまく情報を流せば、恐怖は一人歩きするだろう。放射性物質への正しい知識は、ほとんど誰も持っていない。ただ漠然と怖いってイメージがあるぐらいだ。そこで俺達のほうからこそどんどん煽り情報を流す。つまりね、マスコミを自分達の道具として使うんだ。ジャーナリストだのなんとか大学教授だのが出てくれば出てくるほど、事件は勝手に広がっていくだろう。マスコミってのは自分達が無理矢理犯罪の手伝いをさせられるのは嫌がるけど、自分達からだったら犯罪をタダでどんどん宣伝してくれる」


私はうなずいた。

敦の考えは誤っていないと思えた。

大事件が起きると、放っておいてもマスコミはいくらでもその事件のことを垂れ流す。

伝える必要があるとは思えないようなことでもとにかく流し続ける。


「今回は特に、放射性物質を扱うからこそ、最大の効果が期待出来る。こう言うと偽善めいて聞こえるかもしれないけど、俺達が先にやることで、本当に悪意を持った連中に狙われる前に警鐘を鳴らすことが出来る。いや、今まで起きなかっただけで、いつ起きてもおかしくないことだよ」


「でもさ、工藤さんの言うとおり僕も放射能ってよく知らないけど、実際のところ、もし放射性物質が散布されたらどうなるの? チェルノブイリとか福島みたいになるの?」


「いや、原発そのものが壊れるわけじゃないから、そういう事故のような大規模な被害は起きないよ。本当に人を派手に殺傷したいなら、核燃料なんかじゃ意味はない。だからBCテロ対策でも化学兵器より扱いが小さい。でも後遺症を含めた地味なダメージを考えたり、ゲリラ的に使われることを想定すると騒ぎは十分起こせるだろうと思うよ。風評といってもいいね」

「風評。うわさ? 実害はないけど騒ぎが一人歩きする?」


「そう。実際のところ核燃料がばらまかれるような事件が起きたことはないから、被害は未知数だろうからね。福島の被害も長期化する中で、放射能に対する漠然とした不安は日本中に広がっているのも拍車をかける。実際のところさ、一つまみの二酸化ウランに触った程度じゃあ、直接的な害はないに等しい。だがね、放射線が眼に見えない以上は、そんなことにはおかまいなしにパニックが生まれる。それに、肌で触るんじゃなくて体内摂取となるとまた事情が変わるしね」


「どういうこと?」

「身体の外側から放射線を浴びるのと違って、体内から浴びるのは危険度が増すんだ。たとえばそのときは何も起きなくても、後発性の障害の原因になりうる。なにしろ、放射線による後発性の障害には、しきい値がないという説が根強い」


「しきい値?」

「これ以下だったら絶対に影響がない最低ラインがないってことだよ。たとえばお湯は火傷するけど、温度が低い水なら絶対に火傷しないだろ? でも放射線はそうじゃなくて、どんなに少量でも何%かは影響が出る可能性があるという説があるんだ。そうではない、という説ももちろんあるけど、後発性障害の因果関係を計るのは困難だから、結局のところこの問題は解決していない」


「コーハツ性障害って?」

「ひばくで直接起きる火傷みたいなものではなくてね、ガンみたいに、後になってから病気になることだ。でも人間のDNAは小規模な障害なら自分で治してしまうようだから、しきい値はあるという説も強い」


「なんだかよくわかんない。はっきりしないのね」

「結局はそうなんだ。放射線の影響というのは、なんだかんだいってまだ本当のところはよく分かりきっていない」

「つまり、触ったり身体に入ったりしたとき、平気かどうか確実なことは誰にも分からない?」


「そうだね。何年か経ってからガンになったとして、それが放射線のせいかどうかは、誰にも分からないってのが現実だな。いやむしろ世の中のガンはすべて、人体に影響がないと言われている自然界の放射線が原因になっているのかもしれないぜ? それに、誰もウランなんて見たことないだろ?」

「あたし、ない。どんなヤツ? 堅いの? 石?」

「俺も知らない」


「だろ? そういう知識の浅さもおいしいんだよ。ウランがどんなものかなんて、普通の人間はまず知らない。ウランの粉は真っ黄色だし、俺達が狙う二酸化ウランというのは、茶色からウグイス色っぽい色の粉末だ。そうだなぁ……きな粉あるだろ?」

「うんうん」


「ああいう色合いの濃い感じかな。たとえばカレーにでも混ぜたら、まあ気付かないだろう。それをうまく煽る流れさえ作れば、あとはメディアによって、あっという間に騒ぎが広がるだろうね。グリコ森永事件どころの騒ぎじゃない。なにせ放射線は目に見えないんだ。一口食べてしまったら、吐いて放射線物質を外に出しても、もう放射線は浴びているから手遅れかもしれない。数十年後にガンになるかもしれない。コンビニの弁当の下に茶色っぽい粉末があったら、それだけでその弁当は廃棄処分されるかもしれない。ただのホッカイロの粉だとしても。企業テロとしてターゲットを決めてやったら、それだけで会社一つぐらい簡単に潰せうる。核燃料で社会混乱を起こしたいなら、なにも本当に核爆弾とか核燃料を持ち出さなくてもいい。そういうものがあるという脅しだけで、放射線が目に見えない、なんとなく怖い、そういう得体の知れない恐怖を煽ることはできる」


「それイけるかもしれないよね。福島の避難民って避難先で差別されてるっていうし、福島の事故のあとで福島の農産物って安全なのに売れなくなったんでしょ? 狂牛病だって鳥インフルエンザだって、あり得ないぐらい騒いだじゃん。私もそうだったもん、なんとなく牛肉やめたりさ、鶏肉の産地見たりさ。放射能がかかってるかもしれないって言われたら、どうかな……心配になるよね」


「たとえば政府が、安全ですってキャンペーンをしたとしても、まあ放射線に関しては不安を除くことは出来ないだろう。政府が本当のことを言わないなんてことは誰でも知ってるし、放射能は得体が知れない。安全です、大丈夫です、異常ありませんって言われるほど逆説的に不安になるだろうね」


私はつぶやいた。

「テロのターゲットって、よくさテーマパークが話題に出るじゃない。荷物検査もそんなに完全じゃないし、もしテーマパークで二酸化ウランが散布されたら?」


「そういうこと。本当にやる必要なんてない。可能性があるってだけで放射線は強力なんだ。ポケットにビニール袋一個入れておけば撒けることになるんだから、爆弾よりよほど効果的だろ?」


沈黙。

敦は続けた。


「とにかく放射線の怖いところは、気が付いたらもう浴びてて手遅れってとこだ。不審物を見たら、もうその時点でもうひばくしているかもしれない。放射線ってなんだ? 目に見えない、音もしない、臭いもしない。体内に入ったときの影響もいまいちはっきりしない。自覚症状は何もない。それっぽいものを見かけただけでも疑心暗鬼になる。それが俺達の武器だ」


敦が言葉を切ると、部屋がまた静まった。誰も言葉を発しない。深美でさえも。

おのおの何かを考えているようだった。


ようやく祐二がつぶやいた。

「やろう。僕達がどこまで騒ぎを起こせるか、見てみたくなった。よかったよ僕はこんな面白い話に乗っけてもらえて。僕が騒ぎを起こすこと考えたら、誰でもいいから刺したりとかそんなレベルになっちゃうところだ」


それを聞いて、敦は声を低くした。

「そこは、ちょっと勘違いはしないでほしいが、俺達がやることはそれと何も違わないぞ。直接人を刺すわけじゃないが、責任を感じて誰かが自殺するかもしれないし、どこかのお店か会社を潰すことになるかもしれない。間接的に誰かを殺したり人生を滅茶苦茶にするかもしれない。決して、いいことをやるわけじゃないぞ。誰がなんといおうと反社会的な犯罪行為。それを忘れないでほしい」


「うん」

深美がすぐに答えた。祐二と由希子もうなずく。

私はというと、正直に言えばそのときはまだ犯罪へのためらいはあったが、それより好奇心が勝った。

敦の計画をその通りにやったら、何が起きるのか。

大騒ぎが起きるのか。私達のやったことが歴史として残るのか。その行く末を見たくなった。


犯罪を絶対的に否定できる人間はいないのだと私は今でも思う。

やってみたいと思う感情は必ず潜んでいて、それが人とのつながりという社会的な鎖につながれて押さえつけられているだけだ。

私をつなぐ鎖はすでに着々とつなぎ替えられているところだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る