「このように、核分裂連鎖が放っておいても勝手に続いていく状態になることを臨界と言うんだね。中性子を一つぶつけたことによる核分裂が、また新しい中性子を生み出し、その中性子がさらに新しい核分裂を生む。つまり止まらない。この臨界状態になったまま歯止めを何もかけずにいれば、膨大なエネルギーが一瞬で爆発的に増える。それが原爆。いっぽう、臨界に達したところで、中性子がそれ以上増えも減りもしないようにうまく調整してやると、一定のエネルギーが同じ状態を維持できる。これが原子力発電所なんだ。つまり少々乱暴な言い方をすれば、原子爆弾の真ん中に、制御棒という中性子をくい止めるための棒を入れておく。その制御棒の出し入れによって、核分裂のスピードをコントロール出来るようにしているのが、原子力発電所というわけだ。厳密にはウランの濃縮度の違いはあるとはいっても、突き詰めれば、原理は制御棒があるかどうか、それだけの違いなんだね、原爆と原発というのは」


「それだけ……」

「あれ、ねえ、原発ってプルトニウムは使ってないの?」


「普通の原発では使わないね。原発はウラン用に設計されている。高速増殖炉というのがあって、それだけはプルトニウム専用の発電所だけど、まともに動いたためしがない。ウラン用に作られた発電所でプルトニウムも混ぜて使おうなんて、プルサーマル計画という無茶苦茶な話もある」


「ウラン用なのにプルトニウム使ってもいいの?」

「未知数、というのが真実じゃないかな。プルトニウムのほうが、ウランよりさらに反応しやすい。つまりエネルギーも出しやすいが暴発の危険も増す。キレにくいウラン用に作った原子炉で、キレやすいプルトニウムを使うってのは、そりゃあ問題ない可能性もあるだろうけど、まあ、かなり怪しいもんだと思うね。木の檻でライオンは閉じこめられるかもしれない。けど、木の檻でエイリアンを閉じこめることは無理だもの」


「ほんとにそういうのって、偉い人とか科学者が考えたの? 僕でもやばいって分かるレベルだよ」


「うん、まったくその通りだよね。東海村のJCOの臨界事故は、既存の設備を、たぶん大丈夫だろうと思って転用したことから由来している事故。福島の津波の事故だって、まさか大丈夫だろうって、偉い方々や頭のいい方々がそう言っていたのに、ダメだった。なんでかよく分からないけど、その道のプロとか頭がいいと思われている人たちのほうが、そういう考えの狭さを持ってしまうんだな」


私はそこでひと息ついた。

みんな真剣に私の話に耳を傾けて優秀な生徒達だった。

いや、はたして生徒達が優秀だったのか。

中学校の授業で、原子爆弾の作り方を教えたら、どうだろうか。みな集中して聞くのではないか。

性教育で眠る生徒というのもあまり聞いたことがない。

結局、教える内容と教え方の魅力なのではないか。


「じゃあ、ちょうどプルトニウムの話が出たんで、核爆弾および原子力発電に使われる放射性物質、ウランとプルトニウムについての話をしていこう。ウランもプルトニウムも放射能がある放射性物質なんだけど、プルトニウムは人工の元素。つまり、ウランは地面に埋まっていることがあるが、プルトニウムは人間が作らない限りこの世に存在しないということ。天然に存在するもっとも重い元素は、原子番号92のウラン。ウランというのは、天然で地球にある金属としてはいちばん重い。鉄とか鉛より重くて、それ以上の元素はもともと自然界には存在しなかった」

「あ、そうなんだ。鉛が一番重いと思ってた」


「さらに、天然ウランには、二種類のウランが混ざっている。これは見た目や、ウランとしての性質は同じなんだけど、重さが微妙に違うんだね。お米で、コシヒカリとササニシキがブレンドされているようなもんかな。ウラン235と、ウラン238があって、235とか238というのは、陽子と中性子を足すと235個あるという意味なんだ。ウランの原子番号は92。これは陽子が92個ということだから、143個の中性子があるということになる」

「ってことは、238は、中性子が146個?」


「正解。よく分かったね。その違いが大きな問題になってくる。天然のウランのうち、99%以上はウラン238のほうで、ウラン235は、0.7%と1%もない。なぜかというと、ウラン238と235で、崩壊して別の物質になるまでのスピードが全然違うんだね。238は、45億年かかかってやっと半分崩壊するのに、235は7億年で半分崩壊してしまう。つまり、ウラン235はどんどん減っていくのに、238はなかなか減らないということだ。だから238のほうが多い。ところが、ウラン235のほうが核分裂はしやすい。でも、235は0.7%しかないんだから、天然ウランをそのまま使うんじゃうまくいかない。そこで、ウラン235をなんとか数%、あるいは十数%まで濃くしたものを濃縮ウランという。原発には、数%、5%未満の濃縮ウランを使うんだけど、濃縮ウランを作るときには、ウランを他の物質とくっつけておくと濃縮しやすくなる。それが、六フッ化ウランや二酸化ウランと呼ばれていて、友善元素で扱っているウランが、これなんだ。名前は変わっても中身はウランそのものだよ」


「じゃあさ、プルトニウムはどうなの?」

「うん。少し脱線するけど、いいよ、話そうか。プルトニウムは、ウラン235と性質が似ていて、核分裂しやすい。しかも、プルトニウムは、ウラン238から作れるんだ。だから、ウラン235よりも大量に確保できる。ウラン235の場合は、濃縮という苦労をしないと、核分裂を有効利用できない。でもウラン238は、そのままでは使えないが大量にあるんだから、それを有効利用できるプルトニウムってのは興味が湧くよね」

「いいじゃん」


「どうやってプルトニウムを作るかというと、だ。ウラン238に、外から中性子を一個ぶつけると、ぶつかった中性子を吸収して、ウラン239に変わる。この段階では、陽子の数は変わっていないから、さらに重いウランというだけだ。ところがこのウラン239は、とても不安定なので、ベータ崩壊という現象を起こす。つまり、ウラン239の中性子の一つが、マイナスの電子を逃がして、陽子に変身してしまうんだ。この、陽子が増えるっていうのは、一大事なんだね。原子番号が一つ増えて、別の元素に変わるってことだからね。お米が芋に変わってしまうようなもんで、まあ、とんでもないことなんだと思ってほしい。しかも、ウランより陽子が多い元素は、いままで自然には存在しなかった。この世に存在しない93番目の元素を作り出したことになる。これがネプツニウム239という。で、このネプツニウム239も、放射性元素で不安定だから、さらにベータ崩壊する。と、また番号が増えて94番目の元素となる。この94番が、プルトニウム239なんだ」


「今までなかったものが出来たってことだよね。錬金術だなぁ」

「そ。だから人工元素という。さて、広島と長崎に落とされた原子爆弾。これも、実は二種類別々なんだ。広島はウラン235の爆弾、長崎はプルトニウム239の爆弾。ウラン爆弾は、ガン型といって、ウランを二つの塊に分けておいて、片方のウランの後ろに爆薬を仕掛ける。で、爆発させる。そうすると爆風で、片方のウランがもう片方のウランに、一瞬にしてぶち当たる。その瞬間、ウランが臨界する量になって、連鎖反応が起きて、核爆発が起こる」

「ふうむ……」


「いっぽう、プルトニウムは、中性子がなくても、ひとりでに核分裂をすることがある。だから、二つの固まりをくっつけようとすると、完全に一つになる前に勝手に爆発して、ショボい爆発になる可能性がある。そこで、もともと臨界質量になっていないプルトニウムを集めておいて、その外側をふつうの爆薬でぐるっと包む。爆薬が一斉に爆発すると、爆風でプルトニウムがギュッと中に圧縮される。圧縮されると密度が濃くなって、中性子がぶつかりやすくなって、連鎖反応が起きる。よく、原爆が簡単に作れるという模式図として、プルトニウム爆弾の絵が描かれるけど、こういう複雑な仕組みなんで、ちょっと間違いかな」

「どういう図?」


「円を描いて、真ん中に丸い中性子源があって、その周囲にプルトニウム、さらに周囲に放射状に爆薬レンズが配置されている、花みたいな図さ」

「おお、おお、マンガで見たような気がするな」


「実際は、プルトニウム爆弾よりウラン爆弾のほうが簡単に作れるね。ただ、いずれにしても精度が難しい。最大限の効果を生み、事前に爆発したりすることがないようにする正確さが。逆に、爆発の規模はどうでもいい、ただ何か起きればいいというぐらいの気持ちなら、高濃縮ウランさえあればウラン爆弾はそれこそサルでも作れる」

「そうなのか……」


「ま、その高濃縮ウランを作るのが、そもそも難しいんだ。原発で使われるのは、せいぜい数%の濃縮で、これでは、破壊力のある核兵器は作れない。だから、ウランの管理はわりと見逃されているんだよ。プルトニウムは世界的に厳重だけど、ウランは、ね。それが盲点なわけ」


「そこなんだよ、俺が思うところは。日本人というか、日本のマスコミというか、なんでかな、熱しやすく冷めやすい。そして、奇妙に偏重した視点で情報が流れる。原発、テロ、凶悪犯罪、いろいろと騒がれるけど、偏ってるんだよ。本当は、伝えるべきことはたくさんあって、多角的なものなのにな。だからさ、ほんのちょっと、気付かせてみたいんだよ、たくさんの人に。自分の頭で考えて行動しようぜって」


「すごいね。ぜひやりたい、やろう。啓蒙活動ってヤツだよね。知っておくべきこと、気付くべきことに気付いてもらうアクションだ」


「そう。プルトニウムとか、原発が危ないとか、そういう低い次元で考えるべき問題じゃないんだ。考えるべきことはもっとたくさんある。俺はそれを伝えたくてたまらないんだよ」


敦はそう言って私達を見回した。


学習会は、それがちょうど区切りとなって終わった。


敦が、私達の目的を全員に再認識させたことで心が一つにまとまった気がした、最後のときだった。

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