私は手を止めた。

ワンセグで録画したワイドショーの打ち起こしを終えて、時間をみてインターネットに書き込みを再開していたところだった。


「敦、ちょっといい?」

「どうした?」

「掲示板、イソの名前が出た」

「お。じゃあ、次の段階にスライドだな。思ったより遅くてよかった」


「名前と、クボキ社員ってことが出てる」

「守衛あたりから噂が広まって、工員の誰かがカキコしたんだろ。コンプライアンス守れない会社だなあ」


「あ、俺のスノってあだ名も出てる」

「それが分かるのは俺達の会話聞いてたってことだから、管理室にいた二人かもな」


「もともと僕の身元は割れる予定だったけど、スノは?」

「問題ない。スノと俺はあだ名ぐらいじゃそう簡単に割れないさ。ましてユキ達は。俺達が全部で何人か誰も分かってないだろうな」


「じゃあ予定通り、次の段階に進めていい? 中学生いるってバラシと、メッセージ発信」

「ああ」

「あ、でもちょっと、待って」

と祐二。

「どうした?」


「やっぱり、僕が残るべきだと思うんだよ」

祐二の提案に、私は敦と視線を交わした。再発だ。


「何度も言うように、もう身元が割れたんだから、僕は逃げる意味がない。そしてここには誰かが最後まで残る必要がある。それなら、僕が残るのがいちばん合理的でしょ?」

敦は腕を組んだまま何も言わない。


「残ってからやることは、情報のコントロールを続けることだよね」

「そうだね」

私は黙っている敦に代わってうなずく。

「ここで情報を流し続けて、ネットがおかしい議論の方向にいかないように適度に牽制する。何より、中からの発信を続けることが大事だ」


「それぐらい楽勝だってば。そんなことより、僕の身元が割れることはとっくに分かっていた。それなのにどうして僕じゃなく自分が残るようにしようと? どうしても僕には不思議なんだよなあ。らしくない判断ミスじゃないかな」


私は祐二と敦とを見比べた。

私もその点は祐二と同じで、最後まで工場に残る人間については、敦らしくない計画をやっているという印象を持っていた。

「どうなんだ、敦? 俺はどちらかと言えばイソに賛成だけど」


敦は息を吐いて笑った。

「厳しいな二人とも。ま、言うとおりだ。合理的に考えればイソに譲るべきだろう」

祐二の表情が明るくなる。


「でも駄目なんだ。イソは」

「なっ……だから、なんで!?」

「俺も知りたい。なんか理由が?」

敦はうなずいた。

「スノならありなんだ。でも今のイソはNG」


「どうしてさ?」

ふてくされ気味な口調になった祐二に対し、敦は、いつか見たあの柔和な顔をして、ゆっくりつぶやいた。

「イソお前、一人だけ残ったら最後は自殺するつもりだろ?」

祐二がはっとした。


「それも、たとえば切腹とかそんなような、劇的な方法。そうやって格好良く散ってみたいと思っている。違うか?」


「う…」

祐二は図星を突かれたか、うなり声を上げてしまった。


「これをやるのは、言いたいことを世の中に一気に訴えたいからだ。善人が馬鹿にされない、損をしない、そんな世の中になってほしい、そう言いたいからだ。そうだよな?」

私も祐二もうなずく。


「そのためにスノには最初から最後まですべてを記録に残してもらっている。俺達がやろうとしていることは、言うなればその手記のあおり文句を出来るだけ大袈裟で効果的なものにする、そのための仕掛けだよな。だからそこで俺達の中から抗議の自殺が生まれたら負けなんだよ。生き残らなきゃ土台が揺らぐんだ。人様に迷惑をかけてることは事実で、その償いからは逃れて、言いたいことだけは遺言する、それじゃあ誰も共感してくれない。それに、大衆は忘れる生き物だ。どうやったって、死んだら忘れられるんだよ。生きて、いつも声を出していかないと。それが刑務所の中からだとしても」


「イソ」

私も声をかけた。

「いつかは俺達全員捕まるだろう。そこまで日本の警察は甘くない。でも俺達、人を殺したわけじゃないから、いつかは外に出られると思う。高橋さんに至っては未成年だし。そのときまで生きて、同窓会なんてのもいいかもしれない。少なくともイソが死んだら俺達は悲しいよ」

そして少し悩んだが付け足した。

「特に高橋さんは悲しむと思う」


祐二はため息をついた。

「そうかなあ…?」

「少なくともこの事件が終わるまでは、誰が残るにしても、最後が自殺で終わるなんてダメだよ。それじゃあ俺達の負けになるし、俺達に続く人が出なくなる」

「そうか……それは困るよね」


「俺は、最後に残るのがイソというのには賛成なんだ。イソが自殺しないで最後までやり遂げるなら、敦も文句ないだろ?」


敦がうなずく。

「イソ、どうだ? スノが言うようにそれを約束してくれるなら、最後は任せられる。俺はそれがずっと気になって自分が最後にしてたんだが……」


祐二はうなずいた。

「ごめん、二人とも。僕が最後まで残る。もちろん自殺なんてしない。僕は一人で勝手に死を美化していたけど、死ぬことに逃げなくていい世の中にしたいから、これやってるんだもんね。そうだよね、矛盾してた」


「死は救済であるように思えるかもしれない。それぐらい俺も今の世の中は息苦しいし暮らしにくいしお先真っ暗な感じはしている。それでも、こうして生まれてから今まで生かされているからには、何か意味はあるはずだ。それが分かるまでは死にたくない。そう思わないと人間としてプライドってものがある。少なくとも俺はそうだよ。せっかくここまで俺についてきてくれたんだ。仲良く捕まろうぜ」

敦はそう言ってニコニコ笑う。

祐二もうなずいて、異論がなくなったようだ。


「じゃあ、これで決まりだな。イソが最後の役目。敦と俺が外に出る役目」

と私。ほっとした。

こんなときになって混乱はしたくなかった。ここまで来れば、うまく終わってほしかった。


「そう決まれば、イソ、今から最後の段取りを引き継いでいくぞ」

「オーケー」

「その間にスノは予定通り、次の段階の情報リークを進めてくれ」

「分かった」


敦と祐二は早速何かを話し始めた。

私は私の役目、情報の発信を再開することにした。

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