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入ってくるなり、祐二はちょっとお洒落になっている深美を見て鼻の下を伸ばしたようだった。
「ありゃ、深美チャン。急に大人っぽくなったんじゃないの? 可愛いなぁ、あと五年したら僕と結婚してよ」
「えーっ、どうしよっかな」
深美は満更でもないといった風でニコニコしている。
「早かったね。まだ敦達は来てないんだ」
私は口を挟んだ。自分でも大人気ないとわかっていたが、深美が他の男と楽しそうに話しているのを見るだけで苛立った。
「そうなん? 敦さんが来ないと始められないよね」
「ああ。昼過ぎには来るって言ってたけど」
結局、敦と由希子は二時過ぎにやってきた。
「悪い、渋滞はまった」
そう詫びてから、敦はあらたまった口調で話し始めた。
「では、今日はいよいよ俺の計画を話す。大雑把だけど、現段階で俺の頭にあるプランだ。もっとも、ここではすべては話さない。まだ決めきれていないものもあるし、俺の頭で把握しておけば充分なこともあるからだ。今後、細かい部分を具体化していこうと考えている。心して聞くように。部外秘だよ。部外秘って意味わかる、深美ちゃん?」
「マル秘ってことでしょ?」
「その通り。それから、深美ちゃんに限らず、途中で疑問点があったら、どんどん口を挟んでほしいな。遠慮なくな」
「はーい」
敦は、持っていたクリアケースから書類をいくつか取り出し、テーブルに置いた。図面のようなものと、地図のコピーだ。
地図は関東甲信越広域のロードマップで、静岡県の中部のページがコピーされていて、サインペンで赤丸が点けられている。
「この赤い丸が?」
私は少し驚いて訊ねた。
原子力の設備というのは海沿いにあるものだとばかり思っていたが、赤丸はだいぶ海から離れた場所にある。
国道のバイパスとJRがすぐそばを走っているようだ。
「そう。ここが友善元素株式会社の若月工場。原子力発電所で使用するための核燃料を製造している。より厳密に言えば、発電に使いやすいように原料を加工する工程を受け持っている」
「友善って、うちの家、友善ホームの家だよ」
深美が口を挟んだ。
「そうだよ。友善元素も友善ホームも、友善グループだ」
友善みはる銀行、友善商事、友善生命、友善自動車、友善重工業など、友善グループは、日本随一の巨大財閥だ。しかし、その中に核燃料の製造会社があるとは、敦に教えられて資料を見るまで私も知らなかった。
「僕さ、核燃料の製造って、文部科学省とか電力会社とかそういうトコがやってるんだと思ってたよ」
「そうじゃないんだな。国とか役所が直轄してないってことはポイント。日本では、この友善元素の他、茨城県東海村に「JCO」「日本原子」「三菱原子燃料」という3つ、それから、神奈川県の横須賀市に「グローバル・ニュークリア・フュエル・ジャパン」という、合計4つの民間核燃料製造会社がある。逆に言えば、これだけしかないってことだな。それに、一九九九年に臨界事故を起こしたJCOは、もう操業はしていない」
「敦、ひょっとしてJCOの事件がヒントに?」
「ヒントの一つではある。臨界事故が起き、それから何年も経って事故は風化し、そして福島だ。事なかれ主義、臭いものにフタ主義、その場しのぎ。想定不適当な事件には触れたくもないんだろう」
「想定不適当? なぁに、それ?」
「お偉いさんの使う外国語。そんな事件は起きると考えるほうがどうかしてる、だから事前の対策なんて不要、という考え方」
「ああ……敦のやりたいことがよめてきた。想定不適当な事件を起こすってこと?」
「正解、スノ。だいたい世の中なんて、想定不適当なことばかりじゃないか。それでも出来るだけのことをあがくのが人間ってもんだろ? 想定不適当なんて言葉、ただ責任も何もかも放棄しているだけだ。出来ないなら出来ないと言えばいいのに誤魔化している」
敦は、肩をすくめてそう言いながら、別の資料を示した。事前に学習をしていた私には見覚えがある、核燃料のサイクル工程を示す図だった。
「原子力発電は、ウランを燃料として使う。ウランは、鉱山で採掘される鉱物だ。友善元素では、二酸化ウランというウラン粉末を、原子炉で使える燃料棒に加工しているんだ。その二酸化ウランの粉末は、そうだな、ホッカイロの粉。あれをもう少し薄くした色、漢方薬みたいな色だ。その二酸化ウランの粉末を集めて固めると、ペレットという森永のチョコベビーみたいなものが出来上がる。ペレットを、細いチューブにぎっしり詰めてフタをしたものが燃料棒だ。燃料棒の長さはだいたい四メートル。十五本ぐらいその燃料棒を束ねて一つの燃料容器になる。この燃料容器で、二年から三年間、原子炉を運転出来る。ペレットというチョコベビー一つでも、一般家庭の半年は電気がもつ計算になる」
私は、祐二と深美の顔にクエスチョンマークが浮かび始めていることに気付いた。敦に目配せすると、敦はうなずいた。
「まあ、その工程は今回の俺たちには縁がない。だから適当に聞き流してくれ。これからが本題。計画の第一段階の目標は、若月工場の第二加工棟だ。四人で第二加工棟に侵入し、核燃料を押さえる」
「ん? 質問いい?」
「なんだスノ?」
「なんで四人? 五人集まったのに?」
敦は、想定していた質問だったようによどみなく答える。
「計画の第二段階のために、一人は別同部隊になる」
それを聞いて私は、深美を横目で見た。五人の中で別に動く可能性があるのは、やはり彼女だろうと思ったのだ。
「もう一つは、工場をたった四人でどうやって乗っとる? 何百人も働いてるんじゃないの?」
「そんなにはいない。工場全体で五十人ぐらい、一つ一つの工程でみれば数人というところもある。ま、確かに四人でってのは紙一重のバランスの部分はある。だが決して不可能ではないと確信している。だから面白い」
「どうやるんだよ?」
「知りたい?」
「知りたい」
いつの間にか私はすっかり計画に乗り気になっていた。不可能に思えるようなことでも敦は可能にする。そんな盲目的ともいえる信頼があった。敦の計画を聞いてみたかった。
「乗っ取りを可能にするのは、二つの戦略による。一つ目は、いま挙げたような工場の特性とイソの存在。第二は別同部隊の存在だ。まず第一の点、イソについて話そう」
「それ僕から話そうか?」
「いや、俺が話す。イソからみておかしなところがあれば言ってくれ。そうやって複数の目でチェックすれば物事ってのはミスが減っていくんだ」
「なるほど。さすが頭いいね、敦」
「いいもんか。頭がいいヤツは世渡りがうまい。こんな計画なんて考えないさ。いいかい、深美ちゃんは知らないだろうけど、イソは、クボキバッテリーという会社に勤務していた工員なんだ」
「工員じゃないってば。名刺の肩書きは営業なの」
「はいはい。それは失礼」
「その会社、名前聞いたことあるかも」
「クボキバッテリーって、車のバッテリーとか、あれだ、屋台のガーガーいう発電機な、ああいうのを作ってる会社だよ。いいかい、クボキバッテリーは、そういう一般向けの小口製品の他にも、企業向けの大型電源やUPSも取り扱っている」
「ゆーぴーえす?」
「無停電電源装置。つまり簡単に言えば巨大な電池だ。たとえば病院で、手術中にいきなり停電になったら真 っ暗になって困るだろ?」
「うん、それヤバイね」
「だから、停電してもしばらく電気が使えるようにするための、バカでかい電池があるんだよ」
「停電になって困るのは、原発とか核燃料工場も同じだからね。若月工場の場合は、日曜以外は二十四時間ほぼフル稼働なんだ。加工に二十時間かかる工程があってさ、いちいち機械止めるより回しっぱなしのほうがお金かからないんだって。これ、ぼくが知り合いの工員からの受け売りだけど」
「そう。そして、友善元素株式会社の若月工場には、このイソが勤めていたクボキバッテリーが、UPSを納品している。クボキバッテリーは友善みはる銀行がメインバンクだから、そんな繋がりもあるんだろうな」
敦は、それをさも当たり前のように何気なく喋ったのだが、私は舌を巻いた。すでに相当な下調べをしているようだ。
「そのUPSなり機械なりの定期メンテナンスで、ぼくはもう何度も若月工場に入ったことがある」
「へぇ、電気屋さんって、そんなこともするの?」
深美が訊ねる。
「まあね。けっこういろんな会社とか工場に行ってるよ。でね、クボキバッテリーに限ったことじゃないけど、ああいう工場って、身内のセキュリティは甘いんだ」
「どういうこと?」
敦がニヤリとする。
「若月工場に入るのには、身体検査も荷物検査もない。身分証明書の提示と、アポの確認だけだ」
それに祐二が付け足した。
「クボキは馴染みの業者だから身分証明書もいらないよ。顔パス。うちの車、いつもトヨタのハイエースなんだ。バゲッジスペースに目隠しで黒フィルム貼ってて、工具は山積みで、でもバゲッジスペースがチェックされたことなんて一度もない」
「つまり、何かを隠していてもわからない?」
「うん。いつもはさ、バゲッジスペースには、工具のコンテナとか折り畳み脚立とか詰め込んでるよ。ひょっとしてその中に工具じゃないものが入ってても、気付かれやしないよ。だって見てないんだもの」
「つまり、銃でも爆弾でも持ち込み自由ってことさ」
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