「これは、訓練ではない。我々は第二加工棟を占領した。ウランは我々の手にある。君達は、速やかに第二加工棟を放棄し、事務棟に向かわなければならない」


敦が、工員の一人を小突いた。受話器を差し出す。

「電話に出ろ。占領が事実であることを喋るんだ」

「わ、分かった」

工員がおずおずと半分振り向く。


そのとき私は、はっとした。

もう一人の工員も動いたのだ。

受話器を工員に伸ばして注意が少し散っていた敦に、背後からつかみかかろうというそぶりを見せた。

敦達と少しだけ距離を置いて、辺りに気を配っていた私には、その動きがよく見えた。


思わず私の身体は動いていた。

私は怯えていた。


衝動的に、ナイフの柄で男の後頭部を殴りつけた。


ガン!

確かな手ごたえ。ガムテープの警備員と、実害は同じぐらいだったかもしれない。


次の瞬間、敦と祐二も動いていた。

敦は受話器を向けていた男の肩を後ろから押さえつけ、ナイフを顔の間近に見せる。

祐二は、私が殴った男のほうの背中を壁にぐっと押し付けた。


「おかしな真似をするなと言ったろう。お前達にはこの状況を事務棟に伝えるという大切な役割がある。そのために生かしている。我々は無駄に人殺しはしたくないが、どっちだ?」


「……分かった。もう何もしない。坂本さん、今はこいつらの言うとおりにしましょう」

私が殴った男が、坂本というらしいもう一人の男に言う。


「小菅……すまない。危ないことはしないでくれ」

「すみません……」

殴られた男は小菅というようだ。坂本工員のほうが少し地位が上か。


その坂本工員が、言葉を吐き出した。

「言うとおりにする。何をすればいい? テロリストに乗っ取られたと言えばいいのか?」

「そうだ。我々は武装しているとも言ったほうがいい。そして、第二加工棟は今から十分以内に無人にしろ」

「十分なんて……」


「無理とは言わせない。ここにある白い袋の中身が分かっているか? スノ、袋を」

私は袋を身体から離して持ち上げた。敦の意図が分かったのだ。


「ここにくる途中で、燃料容器から二酸化ウランを移し替えてある。この袋に。逃げ遅れるのは勝手だが、どうなっても知らんよ」


「分かった、分かったよ」

「お前達はこの受話器でただ事実を上の方に伝えればいい。あとは、ここから早く外に出ることだ……ほら」


男は敦が差し出した受話器を取って喋り出した。

「あ…一班の坂本です。あの…本当です。男達が二酸化ウランを持ち出しています」

坂本はそこで一度受話器を塞いで敦を見た。


「あと何を言えば…?」

「今から十分以内に第二加工棟から退去、全速力」


強ばった顔で坂本が続ける。

「十分以内に第二加工棟から全員外に出ろ、と言われている。稼働中の機械もそのままで、とにかく出ないと、二酸化ウランが……」


そこで敦が受話器を奪った。

「聞こえたな? 今から管理室の二人とともに全員外に出ろ。除染室で白衣は脱げ。ハンドフットモニタも通りたまえ。ただし、十分だ。十分以内に退場し、事務棟に向かえ。今すぐだ、さあ、行け!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る