5
「これは、訓練ではない。我々は第二加工棟を占領した。ウランは我々の手にある。君達は、速やかに第二加工棟を放棄し、事務棟に向かわなければならない」
敦が、工員の一人を小突いた。受話器を差し出す。
「電話に出ろ。占領が事実であることを喋るんだ」
「わ、分かった」
工員がおずおずと半分振り向く。
そのとき私は、はっとした。
もう一人の工員も動いたのだ。
受話器を工員に伸ばして注意が少し散っていた敦に、背後からつかみかかろうというそぶりを見せた。
敦達と少しだけ距離を置いて、辺りに気を配っていた私には、その動きがよく見えた。
思わず私の身体は動いていた。
私は怯えていた。
衝動的に、ナイフの柄で男の後頭部を殴りつけた。
ガン!
確かな手ごたえ。ガムテープの警備員と、実害は同じぐらいだったかもしれない。
次の瞬間、敦と祐二も動いていた。
敦は受話器を向けていた男の肩を後ろから押さえつけ、ナイフを顔の間近に見せる。
祐二は、私が殴った男のほうの背中を壁にぐっと押し付けた。
「おかしな真似をするなと言ったろう。お前達にはこの状況を事務棟に伝えるという大切な役割がある。そのために生かしている。我々は無駄に人殺しはしたくないが、どっちだ?」
「……分かった。もう何もしない。坂本さん、今はこいつらの言うとおりにしましょう」
私が殴った男が、坂本というらしいもう一人の男に言う。
「小菅……すまない。危ないことはしないでくれ」
「すみません……」
殴られた男は小菅というようだ。坂本工員のほうが少し地位が上か。
その坂本工員が、言葉を吐き出した。
「言うとおりにする。何をすればいい? テロリストに乗っ取られたと言えばいいのか?」
「そうだ。我々は武装しているとも言ったほうがいい。そして、第二加工棟は今から十分以内に無人にしろ」
「十分なんて……」
「無理とは言わせない。ここにある白い袋の中身が分かっているか? スノ、袋を」
私は袋を身体から離して持ち上げた。敦の意図が分かったのだ。
「ここにくる途中で、燃料容器から二酸化ウランを移し替えてある。この袋に。逃げ遅れるのは勝手だが、どうなっても知らんよ」
「分かった、分かったよ」
「お前達はこの受話器でただ事実を上の方に伝えればいい。あとは、ここから早く外に出ることだ……ほら」
男は敦が差し出した受話器を取って喋り出した。
「あ…一班の坂本です。あの…本当です。男達が二酸化ウランを持ち出しています」
坂本はそこで一度受話器を塞いで敦を見た。
「あと何を言えば…?」
「今から十分以内に第二加工棟から退去、全速力」
強ばった顔で坂本が続ける。
「十分以内に第二加工棟から全員外に出ろ、と言われている。稼働中の機械もそのままで、とにかく出ないと、二酸化ウランが……」
そこで敦が受話器を奪った。
「聞こえたな? 今から管理室の二人とともに全員外に出ろ。除染室で白衣は脱げ。ハンドフットモニタも通りたまえ。ただし、十分だ。十分以内に退場し、事務棟に向かえ。今すぐだ、さあ、行け!」
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