<二時のワイドショー番組から>


MC「…現在も立てこもりが続いているということです。現地に伊藤君が飛んでます。伊藤くーん?」

伊藤「はい、伊藤です」


MC「伊藤君、今どこにいますか?」

伊藤「ええっと、私は今、友善元素に許可をもらいまして、工場の敷地内に入っています。第二加工棟という建物に男達は立てこもっているんですが、そのすぐ手前に、警察がバリケードのように護送車とパトカーを並べていまして、そのすぐ横に立っています」


MC「伊藤君、じゃあ警察は来てるんですね?」

伊藤「はい。警察は男達の指示に従って、第二加工棟の手前で待機してます」

MC「あのー、人質はいないんですよね?」

伊藤「はい、人質はいません。従業員は工場の管理に必要な何人かを残してあとは帰宅させたそうです」


MC「そうすると、人質がいないのに警察が突入しないのはどういう考えなのかな?」

伊藤「そうですね。やはりここが核燃料工場であることから、工場内の構造や燃料容器の配置、犯人達の居場所などを慎重に検討しているようですが、建物がウランの加工工場ということで、ほとんど窓や換気口がない構造になっているんですね。それでなかなか内部の様子を正確に知ることが出来ずにいるようです」


MC「じゃあ今のところ目立った動きはないの。特殊部隊は用意されてないんですか?」

伊藤「えー、いえ、投入は考えているものとは思われますが、今のところはまだこちらに着いた様子はありません。ただ一つ先ほど入ってきた情報ですが、ちょうど事件が始まった頃にですが、立てこもり中の男達の手によって、工場の柵越しに白い袋が中から外に持ち出されていることが目撃されています。袋は自動車で仲間と思われる人間が持ち去ったとみられています」


MC「その袋の中身は?」

伊藤「それは分かっていませんが、核燃料の持ち出しをしている可能性があることを男達はインターネットの掲示板上に書き込んでいることから、袋の中に核燃料が入っているという可能性も考えられますので、その辺りも警察としては慎重な対応をする理由になっているようです」


MC「なるほど。分かりました、ありがとう。ではまた続報が入ったら教えてくださーい」

伊藤「はいっ」


MC「えーっ、ということで現地からでしたが……どうですか、蒼井教授?」


蒼井「まず場所が核燃料工場ということで、警察としてもかなり慎重な対応をしているんではないでしょうか」

MC「これ、核ということになると、特殊部隊や自衛隊というのはどうなんでしょう」

蒼井「当然、投入は考えていると思います。問題はタイミングと現地の状況でしょうね」


MC「というと?」

蒼井「こういう立てこもり事件というのは根比べなんですよ。犯人達には集中力が切れるときが必ずきますから、それを待つわけです。いっぽうで人質の体力・精神的な疲労のことも考えなければいけないということで、いつまでも時間を省みずに待つというわけにもいかない」


MC「あ、なんでしょう、花里さん」

花里「でも今回の場合、人質がいないでしょう?」

蒼井「実際に拘束されている人質はいませんが、今回はある意味それよりタチが悪いかもしれませんね」

MC「どうしてです?」


蒼井「犯人達が核燃料を持ち出したらしいということですよ。彼らはそれを散布する無差別テロを実行できるんです。つまり、いつどこの人や建物が狙われるのか見当もつかない。工場内には誰も人質がいなくても、実際には国民のほとんどを人質にしてしまったようなものです」


花里「ちょっとわからないんだけど、ウランの散布っていうのはどのぐらいたいへんなことなの?」

MC「私も気になりますね。これって核兵器が作れるような話なんですか?」


蒼井「いや、違いますよ。もちろん友善元素にある核燃料では核兵器は作れません。濃縮率も量もまるで違うんです。しかしウランはもちろん放射能を持ってますから、そういうものがばら撒かれるようだと、大変な社会混乱が起きますよ。福島の事故で関東地方に放射線量の高いホットスポットが出来たでしょう? あれを自分達の思い通りの場所に仕掛けられるようなものです」


MC「無差別テロというと地下鉄サリン事件が思い出されるんですが、あのような悪夢が起きるということですか?」

蒼井「いや、そこがまた分からないのが今回の事件の複雑さでしょうか。今のところ、外に持ち出された放射性物質の分量も分からないようですし、放射能の厄介なところはどういう影響があるのかはっきりしないことですね」


花里「ひばくするんでしょ」

蒼井「一口にひばくといっても影響は様々なんですよ。外部ひばくと内部ひばくでもまるで話が違います。ただ、散布という場合は粉末ですから内部ひばくのリスクのほうが高いですね」


MC「内部ひばくというと、吸ってしまった場合ですか」

蒼井「そうですそうです。内部ひばくはその時点では影響が分かりません。ひばくしたかどうかさえもすぐには分からない。空気中に散布でもされたら最悪の事態ですね」


花里「吸うだけじゃないよね、食べ物飲み物……」

蒼井「私らの世代だと青酸コーラを思い出しちゃうね」


MC「つまり実際問題として、私達にも危険があるということですよね。蒼井さん、これはどのぐらい危険なことなんでしょうかねえ」

蒼井「まったく分かりませんが軽視しないことです。不審物には充分に注意してください。お持ちであれば放射線の線量計なんかを持ち運ぶのもよいと思いますよ」


MC「とんでもないことになってきましたねえ。みなさん、ぜひ気を付けてくださいね」

花里「と言われてもどうにもならないけどね……とんでもないことを考えるよね。どんな犯人だろう。インターネットからはどうせ素性は追えないだろうし……」


MC「でも、この男達にはいくつか特徴がありますよねぇ。たとえば目的・動機がよく分からない」

蒼井「こういう事件だと政治的な要求や金銭要求が出てくるものですが、今のところないようですね。ペットボトルのキャップですよ。どういう意味ですかねえ」


花里「集めると車椅子と交換できるんだよね」

MC「そう。だから余計に意味がわからない」

蒼井「愉快犯の可能性もありますね。ネットを巻き込んだりしていますし」


MC「なるほど。…それから、少し話は変わるんですがね、ここにフリップをご用意しました。工場の敷地内の図です。男達がどうして簡単に侵入出来たのか、ということなんですが。まず、正面入り口に車でそのまま来たということはわかっています。そこで業者を装って中に入ったということなんですが、そんなに簡単に入れるものなんですか?」


蒼井「原子力関連施設といっても、原発や再処理工場ではなく燃料の加工工場というのは、普通の工場と同じように民間の警備が入っているだけです。ですから、友善元素がどうだったのかはこれから警察の調査で分かると思いますが、おそらく簡単な身分証確認と持ち物検査程度で、中に入れたんではないでしょうか」


MC「武器が持ち込まれていますが、持ち物検査はどうなんでしょうかねえ」

蒼井「そうですね。金属探知機などを使ったものではなく、警備員の目視であったり、抜け道があったんでしょうね。これはこの会社の問題と言うより原子力行政あるいは国防の問題のようにも思えますね」


MC「ぜんぜん警備されてないんですね。二酸化ウランの持ち出しというのだって、そんな簡単なものなんですか? 核燃料ですよね?」

蒼井「ええ。これもね、JCOの事故のときもそうでしたが、低濃縮ウランというのは、普通の工業原料と同じように管理されてます」


MC「まあそんな杜撰な管理でとばっちりを受けるのがわれわれ国民では困りますよね」

蒼井「そうですね。いくら低濃縮ウランといっても放射性物質であることには変わりありませんから、今後はしっかりとした管理を義務付けてほしいですね」

MC「まったくです。それと今回、犯人達はインターネット上に要求を出しています。これはどうみますか?」

蒼井「これはやはりグリコ森永事件のように、報道規制等が入ったり、友善元素が非公開で話を進めないようにという牽制でしょうから、事件を明るみに出したいという意志を感じます」

花里「でも立てこもりとか、出来るだけ警察を介入させたくないんじゃ?」

蒼井「普通はそうなんですよ。何かメッセージがある場合に警察や報道を巻き込むことが多いですから、今回の犯人もこれから要求なりメッセージなりが明確になっていくのだと思いますよ」

MC「なるほど。さて蒼井さん、そうなるとこの事件ですが、これからどういう動きになっていくと思いますか?」

蒼井「こういう事件は今までにないので、なかなか難しいんですが、まず、おそらく解決までは長時間化するのではないでしょうか」


MC「長引きますか。一刻も早い解決を望みたいんですが」

蒼井「犯人は巧妙なんです。通常、立てこもり事件なら一定時間経過で犯人達の集中力が切れるので、そこが突入や交渉の狙い目になります。また、人質がいる場合、人質の消耗もありますが逆に犯人側も人質の管理にエネルギーと神経を使います。しかし今回、犯人達は人質をとっていない。また、外部で警察がどのような動きをしているのか。これが一番気になるところでしょうが、ここをこの犯人達は簡単なカメラを使ってあっさりクリアしている」


MC「カメラのことは言っていましたが、そんなに簡単に設置できるものですか?」

蒼井「簡単で安価。秋葉原にでも行けば、消しゴム大でワイヤレス、電池不要で丸二日ぐらいもつカメラはいくらでもあります。パソコンからワイヤレスで画面をモニターできるんで、そういうものを使っているとすれば、外の様子も手に取るようですよ」


MC「うまく死角から突入するといったことを考えなければならないわけですか」

花里「でも、人質いないんだったら、強行突入~ってやれないの? 核爆発もしないんでしょ?」


蒼井「そこが巧妙なんですよ。まず放射性物質がどの程度残っていてどのような状態になっているか、分からない。いくら爆発はしないといっても、ひばくの可能性があるとなれば、防護装備をした特殊部隊の到着を待つことになるでしょう。また、色々なケースを考えて近隣住民の避難、隔離を進める必要もあります。少なくともそれらが済むまでは突入はしないでしょうね。そしてもう一つ決定的に突入が遅れるのは、無差別散布の予告です。これがある限り、現地の犯人を制圧すると逆にそれが引き金になってもっと大変なことが起きる可能性がありますから、手が出せないでしょう。おそらく警察は、現地のほうは交渉を引き延ばしながら、ウランを確保して逃げた犯人達の追跡を全力で進めるのではないでしょうか。散布部隊のほうが拘束されれば、工場は時間の問題だと思いますがね」


MC「逃げた犯人達の行方次第、ということですね。あらためてテレビをご覧のみなさん、身の回りなどに十分ご注意ください。また、不審物や不審者を見かけた場合は、警察にすぐご連絡ください。この後も番組の予定を変更して、この立てこもり事件については、続報が入り位次第、お届けして参ります……」

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