第四話 本当の自分ってなんだろう?

①裏表のない副委員長は計算高い

 教室で一波乱あったりもしたが、どうにか透子とうこの勘違いとして場は収まった。


 と、思っていたのだが。


 放課後、透子といつもの雑用をこなした後。


たすく君! 今日、放課後デートつき合ってよ!」

「いや、そういうのは断ると前に言ったはずだが?」

「そうだよね。いかにも不純異性交遊は避けそうな生真面目君だもんね……だから、この写真も何かの間違いなんだよね?」


 何食わぬ顔で取り出した透子のスマホ。

 そこには晴れ着の真萌まほと並んで歩く己の姿。


「な、まさか、隠し撮りしてたのか?」

「そりゃ、気になる男の子が他の女と歩いてたら興味を惹かれるよ?」


 言いながらスマホの画面を操作して示すのだが、一枚だけでなく、何枚も撮られていた。

 中には、ご丁寧にそれぞれの顔をズームして確実に判別できる鮮明さの写真まである。


 動かぬ証拠、だ。


「だから、いざとなれば脅迫の種になるかなって撮っといたんだけど、早速役立ってるねぇ、うん」


 平然と腹黒いことを口にする透子に、翼は絶句する。


「ま、あの場でみんなが勝手にあたしの勘違いって結論に行き着いたから、それ以上は何も言わなかっただけ。あたし、喋ったらこれを出さずにはいられなかったからね。そしたら、翼君と倉主さんがつき合ってる補強材料になって、既成事実になっちゃうかもしれないから、それは避けたかったのよ」

「どういう……ことだ?」


 なんとか絞り出したのは、そんな月並みな疑問系。


「え? 翼君が倉主さんとつき合っていないっていう言質が欲しかったからだよ? 本当か嘘かなんてどうでもよくて、結果的にあれだけ大々的に言質とれたから、あたし大勝利、みたいな?」


 やられた、と思った。


 透子の言葉を否定したことで、自分は誰ともつき合っていないと声高に叫んだことになる。


「というわけで、誰ともつき合っていない翼君にあたしがアプローチすることになんの障害もないのであった!」


 それが狙いだったのだ。


 迂闊にも腹黒い計画も全て口にしてしまう透子ではあるが、それでも計算高い性格ということはこれまでのつき合いで解っていたのに。


近沢ちかざわ透子、そろそろ本気で翼君攻略に動くからね!」


 あっけらかんと言われて、翼は辟易とするしかない。グイグイくる透子に押しきられ、


「俺は、ただ、遊びに行くのにつき合うだけだからな」

「うん、いいよ。先ずはこうやって好感度を上げて行く作戦だから! 人間、共に過ごした時間が好感度に直結するものなんだから」


 結局、翼は透子と放課後デートをすることになってしまった。


 翼としては、昼間のことで一刻も早く神社へ行って真萌と話したい。用事があると断ったのだが「短い時間でいいから!」と執拗に迫られ、根負けしたのだ。そのまま粘られる方が遅くなるという合理的な判断もあった。


 そうして、二人で神本街駅前に。

 目的地は、ゲームセンター。


 とは言っても、真萌と行ったレトロなビデオゲームメインのゲームセンターではなく、プライズが中心の今時のアミューズメント施設。


 目的は、類似品が多数あるが、その大本。セガのUFOキャッチャーである。

 軽快な16ビットサウンドが流れている。


「やっぱり、好きなんだなUFO」


 そもそも、前回のデートではない『委員長と副委員長の親睦を深める会』の行き先が『UFO展』だったぐらいだ。


「うん。古典的UFOはデザインが可愛いからね。捏造だろうとなんだろうと、デザインは本物だから」


 一言多いが、中に入っているのは彼女のお気に入り、アダムスキー型UFOをデフォルメしたマスコットのぬいぐるみ。UFOを操ってUFOを取るという、中々シュールな絵面である。


 クレーンゲームの操作には色々なタイプがあるが、透子が挑むのはシンプルな二ボタン式の筐体だった。最初のボタンで横移動、次のボタンで奥移動。そうして、最終的に止まった位置で自動的に降りるアームに運命を託すタイプ。


 翼と透子はしばし筐体の中に折り重ねられたUFO群を眺める。


「なぁ、あれ、取れそうじゃないか?」


 クレーンゲームについての知識は人並みには持つ翼が、排出口からほど近い位置、積み上がったぬいぐるみの頂点に綺麗に乗っかっているぬいぐるみを指差す。


 デートには気乗りしないが、やるからにはキチンとしようとしてしまう生真面目な性格なのである。


「お、さっすが翼君! あたしが見込んだだけはあるね!」


 そんな、上から目線とも言える言葉を吐きながら、透子はコインを投入。


 先ずは、横移動。アームの開始位置が排出口付近なので、短く押して、離す。

 次に、筐体の横に回ってアームの位置を確認しながら奥移動。


「よっし!」


 透子がボタンを離すとアームは狙ったぬいぐるみのほぼ真上に制止する。


 後は、自動だ。


 UFOを模したアームが開きながらアダムスキー型UFOの上に降りていき。

 美事に掴んだ……と思ったのだが。


「あぁああぁ……」


 バランスが悪かったのか、掴み上げる途中で落ちてしまう。

 ほとんど同じ場所に、逆さまになって落ちるUFO。


 虚しく排出口の上で空のアームが開き、元の場所へと戻ってくる。

 そこで透子はくるりと振り返って、


「ねぇねぇ、翼君。取って?」


 などと言ってくる。


「いや、俺はどういうゲームか知ってるだけで、やったことはないぞ?」

「いいからいいから、初めてならビギナーズラックあるかもしれないし!」


 断っても粘られそうなので、さっさと応じる。


 言われるがままコインを投入。見よう見まねで操作。

 先ほど透子が惜しくも逃した逆さまになったUFOを狙う。


 見よう見まねで操作してみるが、横移動の時点でぬいぐるみ半分程度行き過ぎてしまっている。一応、透子がしていたように筐体横に回って奥移動を調整して、そちらはなんとか狙った位置に合わせることに成功。


 だが、明らかにアームの位置がぬいぐるみからズレている。


「駄目だな、これは」

「まぁ、仕方ないか……」


 狙いよりも大分横にずれた場所へと降りるアーム。

 開いたアームはUFOを掠めながらも、ぬいぐるみを掴むことなく虚しく持ち上がる。


 だが、なぜかアームと共にぬいぐるみも持ち上がってくる。

 見れば、UFOの頭の部分にひっついていたタグがアームに引っ掛かっていた。


「お、これは、もしかして!」


 驚きの声を上げる透子。


「いけるか……」


 翼も、初めてのプライズゲームで景品を獲得しそうなことに軽い興奮を覚える。


 不安定ながらもUFOを引っ掛けたまま、アームは排出口の上部まで到達。

 アームが開き、ぬいぐるみは美事排出口へと落とされた。


「「やった!」」


 思わず、二人揃って声が出る。ノリでハイタッチ。

 景品が取れたことは素直に嬉しい。


 翼は屈んで景品を取り出すと、


「はい、これ」


 当たり前のように透子に渡す。


「え?」


 きょとんとした様子で受け取る。


「取って欲しかったんだろう? まさか取れるとは思わなかったけど、取れたんだから、透子にあげるよ」


 取ってと言われて、取れた。

 だから、あげる。


 翼にとっては、ただそれだけの律儀さの結果。


「ありがとう……」


 頬を染め、やや上目遣いに礼を言う透子。


 その表情は、愛らしい。中学三年で眼鏡を外し、本当の自分デビューしたと言っていたが、それだけの魅力は発揮しているのだろう。


 健全な男子として、その程度の感慨は抱く翼であった。


 とはいえ、


「ふふ……この頬染め上目遣い攻撃で翼君の好感度が少しは上がったに違いない」

「上がってない」


 意図的に作った表情だったことをバラすので台なしなのだが。


 ともあれ、これでこの場は締められるだろう。


「それじゃ、俺は用事があるからこれで帰るぞ? いいよな?」

「あ、そうだったね! うん、今日のところはこれぐらいで勘弁しておいて上げるよ! ぬいぐるみ、本当にありがとう!」

「どういたしまして」


 ゲーセンの前に出て、ブンブンと手を振って見送ってくれる透子へ軽く手を振り返し、翼は神社への道を早足で進む。


  ※


 翼の姿が辛うじて見える距離まで遠ざかった頃。


「さ~て、翼君の用事とやら、探らないではいられないよね?」


 尾行する気満々の透子の言葉は、翼には当然届かない。

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