⑧小さな巫女と薄型少女の決裂

「へぇ……なんか、いい雰囲気だね!」

「そうか、そう言って貰えると嬉しいぞ」


 嵩都たかつ稲荷神社に、二人の小柄な少女が居た。

 オーバーオール姿の少年のような少女と、紛う事なき巫女の少女。


 多菜美たなみと、真萌まほ


 すっかり打ち解けている。


 たすくは雑用を早めに片づけ、透子に少々いぶかしがられながらも神社を訪れていた。

 真萌が上手いこと時間を調整してくれていたのか、さほど二人に遅れずに神社へと着く。


 ただ、すぐには声を掛けずに、その様子を見守ってみる。

 今日は、言ってみれば御守に近い。


 メインは、真萌と多菜美である。

 翼は、不安を抱えた親友を安心させるために来ただけだ。


「冷たっ!」


 真萌が、手水場の作法を多菜美に教えているようだった。

 おっかなびっくり、真萌が柄杓で両手を清め、口をゆすぐのを真似る多菜美。


 なんだか、姉妹のようだった。

 より小柄な真萌の方がお姉さん。


 微笑ましい。

 自然と、翼は笑みになっていた。


「そんなに揺らさなくてよい!」


 今度は、鈴を「これでもか!」とばかりに揺らしまくって派手な音を静かな境内に響かせる多菜美を、真萌が横からその手を取って止めている。


「上手くやってるな」


 小さく呟いて、翼は自然な参拝を装って手水場で身を清め、本殿へ向かう。


「あれ、たすくん? どうしてここに?」


 参拝を終えた多菜美が、翼の姿を見つけて不思議そうに声を掛けてくる。


「いや、俺は神社を巡るのが趣味なんだよ」


 事実だけに、ごく自然に言葉がでてきた。


「へぇ、渋い趣味だねぇ」


 特に訝しむこともなく、多菜美は妙に感心した声を上げる。


「く、来栖辺君、奇遇じゃのぉ」

「倉主さん……そうか、そういえば、ここは倉主さんの神社だったね。本当、奇遇だ」


 こちらは少々わざとらしくなってしまったかもしれないが、偶然を装う。


「まぁ、ゆっくりしていくといいぞ」


 そう言って、真萌は多菜美と二人、拝殿を降りる。


 翼は入れ替わりに拝殿へ上がり、丁寧な所作で祈る。


――倉主さんが、多菜美ちゃんと上手くやっていけますように。


「大丈夫ですよ、きっと」


 姿は見えないが、耳元で聞こえたのは物語の神の声だろう。

 他ならぬ祭神さいじんにそう言って貰えると、有り難い。


 最後に一礼して拝殿を降りる。


 見れば、真萌が神社のあれこれをレクチャーしているようだったが、多菜美は聞いているのかいないのか。


「これ、余りはしゃぐでない!」


 物珍しそうにあちこち走り回る多菜美を、真萌が窘めていた。


「ははっ、大丈夫!」


 多菜美はその場でバク転をする。


 身軽に一回転を決めたが、


「あれ?」


 着地で玉砂利に足を取られてバランスを崩す。


「ほ、ほれ、言わんことではない!」


 真萌が慌てて駆け寄って抱き留める。

 多菜美は、真萌に体を預ける態勢になっていた。


 翼は、いつも真萌が腰掛けている拝殿前の段に座って、その様子を微笑ましく見守る。


「あはは、失敗失敗、御免ね、まほっち」


 そう言って、態勢を立て直そうとして、真萌の胸元に手を当てる格好になる多菜美。


「きゃっ!」


 その手がうっかり巫女装束の合わせ目に入ってしまい、真萌が可愛らしい悲鳴を上げる。


「あ、ごめん、まほっち…………え?」


 態勢を立て直し。

 ゆっくりと。

 真萌の巫女装束の隙間から手を抜いて。

 その手を、じっと見詰める多菜美。


 その顔からは、先ほどまでの無邪気な笑みは消えていた。

 瞳には、暗い色が宿っている。


「ねぇ、まほっち?」


 別人のような、感情のこもらない声で、多菜美は言う。


「な、なんじゃ……」

「ボクに、何か、隠してるよね?」

「うっ……そ、それは」


 思い当たることがあるのか、目に見えて狼狽える真萌。


「そっか、そうだったんだ……あははは」


 乾いた笑い。


「さぞ、楽しかっただろうね? ずっと、ボクをバカにしていたんだ……」

「そんなことはない!」

「ううん、そんな言葉には騙されない。隠してた時点で、ボクに嘘を吐いていたんだから」

「……」


 何も言い返せず、唇を噛む真萌。


 多菜美の態度の急変も、真萌の狼狽も、何が何だか翼には解らない。


 親友が窮しているのに、何も手を差し伸べられない。


 ただ見守るしかできないもどかしさに翼がさいなまれている内に、多菜美は益々ますますヒートアップしていく。


「いつだってそうだ。あちら側の人間は、どうやってもあちら側にいけないボクを、あざけるる。ののしるる。そしる。けなす」

「か、隠しておったことは、謝る。この通りじゃ」


 何と、その場に土下座する真萌。


「ふん、信用できない。そんなの形だけなら幾らでもできるもん。ボクはもう、まほっちのこと友達だなんて思わない。思えない」


 そして、最後に、吐き捨てるように、言う。


「むしろまほっちは……ボクの敵だ!」


 いい関係を築けそうだった。


 人見知りを自負する真萌が、友達として打ち解けようとして頑張っていた。

 多菜美を受け入れようとしていた。

 その努力は、実を結ぼうとしていた。


 さっきまでの微笑ましい光景が、それを物語っている。


 なのに、今。

 その全てを。


 多菜美は、否定したのだ。


 よりにもよって『敵』という言葉で。

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