⑩背の高い高瀬さんは頑張ろうとしている?

 放課後。


 雑用を終え、たすく透子とうこと共に校舎の入り口へ向かう。

 今日も野々花ののかの様子を見るためだ。


 不確定要素となる真萌がどう絡んでくるかが懸案けんあんではあったが、


「だ、大丈夫……って、うわ、ちっちゃい……」

「主は、でかい、の」

「い、いいなぁ……可愛い服とか、似合いそう」

「ど、どうであろうな? そういうのは、あまり着ないので、の」

「きっと、似合うよ。いいな、あたし、には、似合わないし、代わりに、色々……」


 校舎の入り口付近に着くと、そんな会話が聞こえてきた。

 見れば、フラフラと立ち上がった野々花の隣に、小さな巫女が立っていた。


 並ぶと三十センチ以上ありそうな高低差が目立つ。


 真萌は、どうやら頑張って野々花に話かけたようだ。緊張が感じられるが、どうにか会話は成立しているようでたすくは安心する。完全に保護者視点だった。


「おや、これは来栖辺君に近沢さんではないか、奇遇であるの」


 何食わぬ顔で、二人へ声をかけてくる。


「この娘がうずくまっておったからの、声をかけておったのじゃ」

「へぇ、珍しい。倉主さんが誰かと話しているなんて」

「はて、どういう意味じゃ?」

「言葉通りの意味よ。少なくとも、クラスで誰かに話かけているのなんて見たことない」

「それはそうかもしれんが、病人と思しき姿を見れば声をかける程度の倫理観は持ち合わせておるぞ?」

「ふぅん……そんなこと言って、来栖辺君を狙ってるとか、そういうことじゃないの?」

「な、何を言っておる!?」


 思わぬ誤解に真萌が声を大きくする。


「だって、教室で高瀬さんのことを気に掛けてるのは聞こえてただろうし。その場に居合わせようとしたんじゃないかなって?」


 妙な誤解をしているようだが、巫女魔法少女めがねっ娘のことを語るわけにもいかない。

 翼は沈黙せざるを得ない。


「ここにおったのは、飽くまで偶然じゃよ」


 どうにか冷静さを取り戻したようで、真萌はすっとぼける。


「ふぅん、今朝の教室でも、あたしと翼君が話してるのをなんだか恨めしそうに観てたと思ったんだけど?」

「クラスの長たる委員長と副委員長が話しておるのをクラスメートが気にすることに、何の不思議がある? 恨めしそうに見えたのは、主に恨まれそうな心当たりがあるからではないのかの?」


 目を細めてしたり顔な真萌の言葉には筋が通っていると翼は納得する。

 しかし、透子は未だ訝しげな表情を見せて更に真萌に言おうとしていたのだが、


「あ、そういえば、こないだ、バスケをしようと思った切っかけについて何か言いかけたところで行っちゃったけど……」


 口を開く前に翼が話を促して無理矢理流れを変えることにする。これ以上ギスギスした空気を続けても、本来の目的から遠ざかるばかりだから。


「えと、あ、そ、そうだった、ね」


 そこで、これまでのやりとりは一切合切無視して、ずっと真萌を何だかキラキラした目で見ていた視線を翼の方へ向ける。


「あ、あたし、この身長なのに、スポーツとか、全然で……それはそれで仕方ない、って思ってたんだけど、中学の卒業も近づいた頃に、影で『デク』って言われてたのを知っちゃったんだ」

「ああ……そういえば、そうだ。あの背丈じゃ、カワイイ服も似合わないし、運動もできないんじゃいいとこなしのデクだって、聞いたことあるわ」

「ち、近沢さん、酷い……」

「あ、違うよ! あたしが言ってたんじゃないから! まぁ、言われて見ればそうだなぁ、とは思ってたけど……」


 こういうとき、裏表がないのも考えものだ。


「透子、少し黙っててくれ」


 野々花が泣きそうになっていたので、少し被せ気味に透子を制する。


「うー」


 翼の言葉と野々花の様子から色々察したようだ。これ以上喋らないという意思表示にか、口を覆って透子が頷いている。そんな透子を、真萌は呆れた様に睨んでいた。


「えっと、ゴメン……それで、話の続きを聞きたいんだけど?」

「あ、えっと、近沢さんの、酷い、言葉通りのこと、言われてるの、聞いちゃったんだ……。自覚はあるけど、やっぱり、そんな風に思われてたってことが、それも、面と向かってじゃなくて影でみんなに言われてたってことが、悔しくて、哀しくて……だから、カワイイ服も似合わないと思われてるんなら、せめて、運動をできるようになって、デクなんて呼ばれない、カッコイイ女の子に、なりたいから、高校では、頑張ろうって」

「そう、か」


 奇しくも、透子が眼鏡を外して姿を変えたのと同じような話だった。


 バカにされたくない。

 だから、頑張ると決めた。


 シンプルだが、それゆえに理解できる話である。

 こうなると、辞めろとは言いにくい。

 翼がかける言葉を選んでいる内に、また、遠くから聞こえてくる「ファイオー」の声。


「あ、い、いか、なきゃ……」


 また、ふらふらになりながら走り始める。

 止めても無駄なことは解っているので、翼も透子も何も言わない。


 ただ真萌だけが、その姿を厳しい目つきで見送っていた。


「では、われはこれで帰るぞ」


 姿が見えなくなると、そう言ってあっさりと帰って行く。


「じゃ、あたし達も帰ろっか」

「そうだな」


 真萌とはこの後合流するのだが、それを悟られないように、一旦三人は解散する。


 駅前で電車通学の透子と別れたところで、徒歩通学の翼の足は自宅とは異なる方向へと向かう。


 無論それは、嵩都稲荷神社の方角である。


「バカにされたくないって理由だと、無理に辞めさせるのも酷だよな」


 いつもの拝殿前に腰掛けた真萌に、翼はそう切り出した。


「いや、そうでもないじゃろうな」


 真萌は冷めた声で否定する。


「あの娘、本音を語っておらんように思うぞ? バカにされたので自分を変えて見返したいというのは事実かもしれんが、それでも、話してみてあんな無茶をするほどカッコイイ女の子になりたいと思っておるとは、到底思えんかったのじゃが」


「そうか? 俺はむしろ、あそこまで無理してでも『カッコイイ女の子変わりたい』って強く望んでいると感じたがな。でなきゃ、とっくに部活を辞めているはずだ。逃げ出さず周りから何を言われても頑張ってるのが、その意志を示していると思う」


「頑張ってる……か。確かに、それも一理あるがの。われが最初に声をかけたときの反応を見れば、あやつが望んでおるのは、むしろ……」


 そこまで言って、真萌は何かに気づいたように、ハッとした表情を浮かべる。


「そうかそうか……なるほど、の。そいうこと、か」


 突如何かに気付いて合点がいったように何度も頷く真萌。


「物語の神よ、お悩み解決がわれらの努め、よの?」


 翼を置いてけぼりにして、そんなことを宣った。


「はい。真萌の思っている通りです。だから、さっさと相手をここへ連れてきなさい。そこからは、わたくしが力を貸しましょう」


 果たして、神もそれを是という。


「承知した。では、た……来栖辺君よ。明日の放課後……ではあの透子が邪魔じゃのぉ。どうにか高瀬さんだけをこの神社へ連れて来てくれ」

「え? それは、どうやったらいいか……」


 全く真萌の思考が読めない翼は、無茶ぶりに辟易とする。

 だが、そこは流石ホームズ役。手段は考えてあるらしい。


「頼りないワトソン役じゃの。簡単な話じゃ。われが会いたがっていると伝えてくれ。われの推理が当たっておれば、きっとやってくる」

「いや、それは、自分で言えばいいんじゃ……」

「ふん、他のクラスに行って誘うなど、この人見知りのわれに出来ると思うてか? 今日だって、相当頑張ったのじゃぞ?」


 偉そうに言っているが、照れ隠しだろう。


 透子が誤解したように、真萌が自分から誰かに話掛ける姿は珍しい。今日の一幕は、人づき合いが苦手な真萌が、なんとか頑張った結果なのだ。


「解った。呼び出しはしておこう。でも、呼び出してどうするんだ?」


 その言葉に、したり顔で真萌は応える。


「本音を引き出すのじゃよ。あやつ自身も自覚しておらぬ本音を、闘って力尽くで」


 翼には、真萌が何を言っているのかよく解らなかった。

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