⑪巫女魔法少女めがねっ娘の初バトル
翌日。
「くれぐれも頼んだぞ」
「うん、部活が終わったら行くよ!」
真萌の推理が当たっていたようだ。やたらキラキラした目であっさり応じてくれる。
中々人使いの荒いホームズではあるが、こうして真萌の指示通り動くのは悪い気はしない。教師の指示には従ってきたが、同じ学生の間では前に立って引っ張ることがほとんどだった。だからこそ、クラスメートの指示に従うのは面倒よりも新鮮さの方が大きい。
ここまでして、まだ一つやるべきことがあった。
最後の仕込みは、透子をさっさと帰らせることだ。
放っておけば、確実に野々花について神社まで来てしまうだろう。
なので、
「あの理由だと無理矢理辞めさせるのは酷だし、しばらくは様子を見よう」
と提案する。
「ん、確かにそうだねぇ。倒れたり万が一があったりしたらちょっとやな感じだけどそのときは彼女の自業自得と割り切るとして」
相変わらず酷い本音を付加しながらも、透子は翼の言葉にあっさり納得して帰宅してくれた。こういうとき裏表がないはっきりした性格が有り難い。
ここまで仕込めば、後は神社で待つだけだ。
「言伝はしてくれたのじゃな?」
「ああ。倉主さんの予想通り、二つ返事で来てくれると言っていたよ」
「これで、推理が補強された形になったの」
そういう真萌の姿が、実は気になって仕方なかった。
「ところで真萌、その格好はどういう風の吹き回しなんだ?」
「高瀬さんを迎えるため、じゃよ」
今日は、巫女装束ではない。
紅白は同じ色合いだが、ピンク色のフリル満載のワンピースだった。
いわゆる、ロリータファッション。
小さな真萌が着ると、似合いすぎる。とにかく、可愛らしい。
「そうなのか……意図はわからんが、巫女姿ばかり見ていたから新鮮だな。うん、可愛いよ」
「そ、そうか、ありがとう……」
翼の率直な感想に、照れる真萌。
「まぁ、そう言って貰えたなら、こういう格好になった甲斐もあったというもの」
「しかし、そんな服、よく持っていたな」
「いや、持っておらんよ」
「わたくしが用意しました。真萌の要求に応じて。この神社の境内でなら、これぐらいの力の行使は朝飯前なのです」
「ということじゃ」
力を貸す、とはそういうことだったのだろう。
翼は、真萌の推理を聞き出そうとするも、はぐらかされる。だが、勿体つけるのはホームズ役らしい。ワトソン役としては、こういう扱いも望むところである。
そうこうしながら、すっかり日が暮れた頃。
本殿に照明が灯り、その明かりの下で二人待っていると、
「倉主さん、ここに居るの?」
鳥居を潜り、制服姿の野々花がやってきた。
「よぉきたの、高瀬さん」
「か、かわいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
本殿の照明に照らされた真萌の姿を見るなり、どたどたと駆け寄ってきて抱きしめる。部活で疲れているのもあるのだろうが、それでも見るからに運動神経がなさそうな、足が長い割に鈍重な走りだった。
「く、苦しい……」
「あ、ご、ごめん……でも、本当、可愛い」
「そう言われるのは、悪い気はせんがの」
そこで、真萌は野々花の手から抜け出し、改めて、向き合う。
「それで、じゃ。良ければ主もこういう服を来て見ぬか?」
「え、で、でも、そんなの、あたしには、似合わないし……」
「ほお、では、どういうのが似合うというのじゃ?」
「それは、やっぱりボーイッシュなのかな? タカラヅカの男役みたいに。それに、そもそも合うサイズがないから」
「なければ、作ればよいではないか」
「お裁縫とか刺繍とかも、好きだけど……やっぱりこんな大っきな女の子がチマチマやってると変に思われるし」
「ふぅむ……では、なぜバスケに拘るのじゃ?」
「それは、この身長を活かしてカッコイイ女の子になりたいからって昨日話した通りだよ?」
サクサクと質問をして、回答を引き出す。
どれも、特に不自然さを感じるような回答ではない。
「そうかそうか……」
それらの答えを聞いて、
「小さい、のお」
真萌は、そんなことを言い放った。
「え?」
「全く本音を語っておらん。それは、心が猫背になって卑屈になっておるからじゃ。主の心の身長はわれよりも小さい」
解ったような、解らないような、理屈。
「どれ、主の本音をぶつけて見ぬか? われなら、受け止めてやれるぞ?」
「え、な、何を、言ってる、の?」
わけが解らないようだ。
無理もない。
翼も真萌が何を言っているのかわけが解らなかった。
「解き放ちましょう。彼女の心を」
いつものごとく唐突に声がして、野々花のすぐ後ろに朱色のスーツ姿が現れる。
物語の神が野々花の頭に手を乗せると。
「な、何これ……あれ? 力が……」
「願いなさい。貴方の、本当の望みを」
物語の神の言葉を受けて、ふっと、野々花の目の光が消える。
と、同時。
「トール・トーラー・トーレスト!」
野々花の口から出てきたのは、それっぽくは聞こえるが、単に『背が高い』の活用のシンプルな呪文だった。
光が舞う。
彼女の体を包む。
キラキラと星が飛び交う。
姿が変わる。
丁度、真萌が来ているようなピンクのロリータファッションに身を包んだ、野々花が現れる。
手には、ステッキ……と思ったらハンマー。
何かが吹っ切れたような満面の笑みで、
「ノッポプリティ魔女っ子ノノカ、誕生!」
名乗り、組んだ両手を顎に当てるような媚びたポーズを取る。愛らしいのだが、その手の中にハンマーが握られているのが、ちょっとアンバランスだ。
「な、なんだ、これ?」
いきなり変身し、その上なんだか妙にノリノリな野々花に理解が追いつかない翼。
「その変身した姿……われの推測通りのようじゃな」
だが、真萌はそんな意味ありげな台詞を口にし。
「では、こちらも闘いの準備じゃ。変身するぞ!」
翼の理解など置き去りに、さっさと変身プロセスに入ってしまう。
――かしこみ・まじかる・うぇりんとん
――はらたま・うぃざどり・あんだりむ
――みこまほ・めがみ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っくす!
真萌と共に光に包まれ、翼はその眼鏡となる。
「巫女魔法少女めがねっ娘 ぐらっしぃ∞まほ、見参じゃ!」
こちらも、腕を組んで胸を張り、いかにも武闘派っぽいポーズを決める。
しばしポーズを決めると、今度は弓の構え。
「めがね・あろ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
綺麗に矢を射る。
それはどうやら
と、途中で弾け、月光をかき消すほどの光の
その奔流は、本殿を中心とした空間を包み込む。
本殿の建物は消え、灯籠などの施設もなくなり。
朱色の光の壁で囲われた、ただ、玉砂利の地面だけが広がる開けた空間。
それは、境内という異界の中に産まれた異界。
「
したり顔で告げ、不敵に笑む真萌。
役目を終えた弓は、光の粒子となって消えていた。
だが、翼は意味が解らない。
「いや、これ、こないだ物語の神が作ってた異界だよな?」
「ええ。これは、単に真萌の遊びですよ。真萌の言葉に合わせて、わたくしが異界を作っただけです。演出つきで」
あっさり種明かしをする物語の神。
「そもそも変身した時点で異界の分離は済んでいますから。単に前回は見た目に解り易く何もない空間にしただけで、見た目そのままでも分離は可能なのです。ただ、それでは味気ないと、これまで翼が来るまでの時間、あれこれ設定を考えていたのですよ、真萌は」
「そ、そういうことをバラすでない!」
「いえ、他ならぬめがねっ娘の眼鏡には知っていて貰うべきかと。わたくしの形成する異界に、わざわざめがねっ娘に因んで『眼鏡時空』などという、コミカルと言えなくもない名前をつけたのですから」
「まぁ、めがねっ娘の活躍する空間なのじゃから、よいではないか。それより今は目の前の敵と相対せねばな」
そこで、一旦真萌は表情を引き締めて、
「巫女魔法少女めがねっ娘 ぐらっしぃ∞まほ。いざ、参る!」
改めて名乗り上げると、未だあれこれポーズを決めて自分の姿にうっとりしている野々花へと突撃を開始した。
「え? 何? 何なの? 何か、文句があるの?」
これまでとは全く違う、敵対的な口調。
「ふん、文句など、一杯あるぞ」
挑発するように言いながら、
「めがね・はるばーと!」
長柄の武器をその手に産み出して払う。
「ちょ、ちょっと、何するのよ!」
慌てて回避する野々花。
「ほぉ、変身して少しは運動神経がマシになっておるようじゃの。それはそれで、望んでいたことは嘘ではなかった、という訳か」
「わけの解らないことを言わないで!」
「ふん、わけが解らなければ解る努力をすればよい。とにかくわれは、主が不愉快なだけじゃ」
「ひ、人のこと不愉快って……やっぱり、こんな大きな女の子が可愛い服着てるのがおかしいっていうのね!」
言いながら、その手に持たハンマーを振りかぶり、振り下ろす。
明らかにめがね・はるばーとの方がリーチがあるのだが、
「おっと……」
その尖端から雷撃が走る。
「トール・ハンマー、という訳か。本来の綴りは全然異なるが、身長が高いトールと、雷神トールの駄洒落じゃの。日本の宗教では音が近い言葉の性質を付加することはままあるからの。弁才天の『才』が『財』に音が通じるから財の神としての性格を与えられるように」
解説しながら、真萌は薙刀で野々花の足を払う。だが、魔法で強化されているらしい野々花には跳び越えて交わされてしまう。
「やめてよ! 好きにさせてよ!」
どうも、真萌の攻撃を自己否定と受け止めているらしい野々花が叫ぶ。
「ほぉ? 『好きに』とはどうすることじゃ?」
「そんなの決まってる。可愛いお洋服を着たい!」
「やはり、そうであったか。まぁ、変身してその姿になった時点で確信はしておったがの。小さなわれに可愛い服が似合うと羨んだり、自分の代わりに可愛い服を着て欲しいと言ったりしておったので、ピンと来ておったのじゃ。本当は自分が着たいのであろうとな」
それが、真萌の気づいていた野々花の『本音』だったのだ。
「なら、バスケなどやりたくないのであろう?」
「当然よ! でも、やらなきゃいけないの! こんな、可愛い服の似合わない大っきな女の子は、スポーツで活躍してカッコイイ女の子にならなくちゃデクの坊呼ばわりされるだけなの!」
「それもまた、本音なのかもしれんが……要するに、自分の身長を言いわけにして、やりたいことをやっておらんだけではないか」
「そ、それは……」
「見返しやろうなどという思いはない。ただ、嫌なことを言われたくないと逃げておるだけじゃろう?」
口ごもる野々花、図星だったということか。
「それに、大っきな女の子、か……」
真萌は言いながら、手にしていた薙刀を消し、徒手空拳で野々花の懐へと飛び込む。
「こ、来ないでよ!」
叫びながら、渾身の力を込めてハンマーを振り下ろす野々花。
だが、その攻撃は当たらない。
視覚を共有する翼にも何が起こったのか解らなかった。
「え? 何が、起こった、の?」
野々花も何が起きたのか分かっていない。
ただ一つ、確かなことは。
真萌が。
野々花を。
見下ろしていた。
同じ視界で、翼も野々花を見下ろしている。
「小さい、の」
人並み以下に小柄な真萌が、倒れ伏す人並み以上の身長の野々花に、言った。
だが、今はその通りだった。
真萌は、小柄ゆえに身を護るために武術を嗜んだ。
それを活かし、自分よりずっと大きな野々花を、投げ、地に伏せさせた。
それが、今、起きたこと。
地に伏せば、身長など関係ない。
野々花は顔だけを上げて、
「ああ、ちっちゃくて可愛い真萌ちゃんを、見上げてる……真萌ちゃんが、大きく、見える」
野々花は、どこか嬉しそうに、言う。
「主は本来、可愛い服を着たり、お裁縫をしたり、そういうことがしたいのであろう? ただ、背が高いだけで、似合わないからと卑屈になっておっただけじゃ。そんなつまらん理由で、主のやりたいことをしてはならぬ道理なぞない」
「……うん、そうだね」
「じゃから、の。もう、無理する必要はない。バスケは辞めるのじゃ。少なくともわれは、こうして見下ろせるような主を、大きい女の子だなどと、思わんからの。可愛い服を、存分に着るがよいぞ」
その顔を見下ろしながら、優しい上から目線で、真萌が口にする。
「うん……そうする」
野々花は、晴れ晴れした表情で、しっかり同意してくれた。
「真萌の推測通りだったからでしょうが、あっさりとミッションコンプリートですね」
物語の神のそんな言葉を受けて、世界は元に戻る。
向き合う真萌と野々花、その傍らに立つ翼。
真萌と野々花の服装は、元に戻っている。
「あ、あれ? あたし、何してたんだろう?」
巫女姿の真萌の前で、制服姿の野々花は混乱した表情を浮かべている。
「倉主さん……あれ? 巫女服、着てたっけ?」
「そりゃ、ここは神社じゃからの。学校で巫女服を着るよりは、ずっと自然じゃ」
「確かに、そうだけど……」
どうも、魔法少女とされた前後の記憶が曖昧らしい。
だが、これ幸いと真萌は言葉を続ける。
「ところで、決心はついたのかの?」
「え、決心……」
そこで少し考え込んで、意図に気づいたようだ。
「うん。自分に素直になることにするよ。あれだけカッコイイ女の子にならなきゃって思ってたのに、不思議と今はすっきりしてるんだ」
「そうか、それは、この神社の御利益かもしれんぞ? よければ、贔屓にしてくれ」
手を振る真萌と翼に見送られ、野々花は嵩都稲荷神社を後にした。
「想像以上の手腕ですね。バトルの尺があんなに短くて済むとは予想外でした」
相変わらずいきなり登場する物語の神だった。
「ですが、わたくしの意図を理解していただけたようで、何よりです」
「ふむ、そうじゃの」
真萌は満足げに頷く。
「いや、待ってくれ! 結局、どういうことだったんだ? いきなり、高瀬さんが魔法少女になって闘うことになったのは?」
「やはり、説明せねばいけませんか。ですが、そうやって状況を確認するのはワトソン役の便利な役割でもありますね。ならば、答えましょう」
回りくどい前置きをして、物語の神は語る。
「わたくしが、真萌にしたのと似たようなことを野々花にしたのです。彼女は、自分に嘘を吐いていた。心に秘めた本当にやりたいことから目を背けて。ですから、わたくしは彼女に本音をぶちまけられるように、心の枷を外してあげたのです」
「それを変身願望の象徴である魔法少女の形に具現化し、『われと闘う』=『誰かに本音をぶちまけて楽になる』、という構図であろう? だからこその『闘い』」
そこから、真萌が話を受けて続ける。
自分が察したことの確認もあるのだろう。
「そうです。人は、中々本音で語れません。特に日本人は本音を隠すのが美徳と考える悪癖があります。ですから、一種のフィクション、魔法少女という物語に寄せて本音を語りやすくして上げたのです。どうです? 物語の神らしい救いでしょう?」
かなり無理矢理な気がしないでもないが、解るところはある。
フィクションを読んで登場人物に感情移入することで。
一緒に喜び。
一緒に怒り。
一緒に泣いて。
一緒に笑う。
そうして、現実の憂さを晴らす。
そんな体験は、誰しもがあるのではなかろうか?
それがもし、自分自身が演者であれば、より感情移入できるだろう。
そういう己の本音を自演する、それが魔法少女の役割なのかも知れない。
真萌の場合は巫女魔法少女めがねっ娘なのでそこは間違えてはいけないが。
翼はその思いつきを語る。
「正解です」
「そういうことじゃ」
物語の神と真萌、双方から肯定の返事。
なるほど、と理解する。
「つまり、今後、救いを与えるべき人間がいたなら、どうにかここへ連れてきて、魔法少女にして真萌と闘わせることで心を解放する、そういう流れになるのですね?」
翼は、ようやく見えた救いの手順を言葉にして整理する。物語の神もそれを正解とは言うのだが、ならばと最後の疑問を口にする。
「でも、救う対象が男だったらどうするんですか?」
「あ……それは、余り見たくない絵面かも、しれんの」
翼が示した可能性に真萌は思い至っていなかったらしく、想像してげんなりした様子。
おっさんがそのまま服装だけ魔法少女になったりというのはネタとしては古くからあるが、目の前に現れて気持ちがいいか悪いかで言えば、後者と言わざるを得ない。余ほど似合えば別なのであろうが。
「だ、大丈夫です。魔法少女を選んだ時点で、その可能性は除外していますから。真萌に込めた因果操作は具体的な相手までは選べないにしても、性別を選ぶ程度の恣意性は含めることができると思い……はい、できましたから」
珍しく慌てた様子で物語の神。
今、設定をつけ加えたのかもしれない。
だが、これで一安心だろう。
最初の一人が女子で良かった。
心からそう思う、翼と真萌だった。
ともあれ、これで野々花に纏わる物語は一件落着。
かなり強引には思えたが、巫女魔法少女めがねっ娘として、誰かを救う。
それは、果たされたのだ。
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