②薄さの有用性を示す少女
翌日の放課後。
今日は本校舎側ではなく、特別教室棟の方での作業だった。
特別教室棟のすぐ北側の校庭では、野球部が練習をしている。ときどき校舎の方に打球が飛んでくるが、校庭に面した窓には全面保護用のネットが掛かっているので問題はない。
だが、別のところに飛んでいくと、問題があった。
特別教室棟の西端付近北側の壁に接するように、トンボなどグラウンド整備用の備品が入った物置が設置されているのだが、その物置と校舎の隙間が人一人通れるかどうか、という微妙な幅なのだ。そのため、ボールなどがそこに入り込んでしまうと、長い棒で掻き出すなどしないといけないので面倒なことになる。
雑用が終わったのがその物置の当たりだった。
窓の外を見れば、その厄介な場所に向かって野球部が打ったボールが飛んでくるところだった。保護ネットに当たり、そのまま下へ落ち、物置と校舎の隙間に入り込む。
「おっし、任せて!」
と、声がして小さな影が走ってくる。
オーバーオールに赤いシャツ姿のその影は、
高校生の標準的な体格だと厳しい幅だが、小柄なその影はすんなり入っていった。
「ほら、取れたよ!」
「おお、ありがとう!」
野球部の方に向かってボールを投げる。
「う~ん、この薄さだからこそできたお手伝い! いいねぇ、ボクの薄さ、役立ってるねぇ」
嬉しそうにそんなことを言いながら、立ち去っていった。
窓越しに、翼と透子は一部始終を目にしていた。見た目に性別が解りにくかったが、声を聞いている限りは女の子のようだ。
「薄さってなんだ?」
気になったことが口を衝いて出る。
「おお、翼君、紳士だねぇ。そういうとこ見てないなんて」
「透子は解るのか?」
「うん。胸がなかった」
飾らずに口にされた言葉に、翼はどう反応していいか解らず絶句する。
「でも、それを自慢げに言うってのは、中々面白い子だねぇ。やっぱり、ちっちゃいことを気にする子が多いからねぇ」
楽しそうに言ったあと、翼の方に向き直って、
「翼君はおっきぃのとちっちゃいのどっちが好き?」
「そ、そういうことを聞くな、はしたない」
「うふふ、でも、聞きたいなぁ」
ここでも、グイグイ来るのが透子である。恐らく、答えるまで引き下がらないだろう。
「どちらでもないよ。胸の大きさで女性の善し悪しを決めるような真似は失礼でできない」
だから、観念して正直に答える。
「うわぁ、凄い正論だねぇ」
呆れた様な透子の反応だが、それが正直な答えなのだから仕方ない。
「ま、いっか。それならあたしぐらいでも、別にいいってことだろうしね」
言われて、思わずその胸元を見てしまう。
「あ、今あたしの胸見た! 翼君のすけべ!」
「いや、これは、反射的に意識を誘導されて……」
両手で胸を隠すようにして非難の声を上げる透子に、見たことは事実ゆえにしどろもどろに言い訳をする翼。
「あはは、困ってる困ってる……」
楽しそうにその様子を透子は眺めていた。
「ま、別に怒ってないんだけどね。さて、そろそろ帰りましょ」
翼は大分慣れてきたつもりだが、透子のこういうところは少々苦手だった。
雑用が済めば、翼の足は当然のように嵩都稲荷神社へと向けられる。
もう、訪ねることに約束は必要ない。
翼にとって、当たり前の習慣だ。
「今日は、特に何も変わったことはなかったのかの?」
やってきた翼に、拝殿前に腰掛けた巫女からの質問。
「ああ、そうだな。ちょっと変わった子を見掛けたよ。なんというか、自分の薄さを自慢げに語る女の子、だな」
「薄さ?」
「平たく言えば、文字通り胸が平たい女の子、だ」
「ほぉ、真面目腐っておいてやはり女の胸が気になるのか……」
翼の言葉に、じとっとした視線を向けてくる真萌。
「い、いやいや、そういうんじゃない。ただ見たままを言っただけだ」
「見たまま、じゃと? その女の胸をマジマジと見たということか?」
慌てて弁明するが、どうにも逆効果だったらしい。
桜色の円の奥の視線にこもる力が増す。
「だから、俺は見てないって。一緒にいた透子がそう言ってただけ」
「ああ、あの副委員長か」
どうも、真萌と透子は相性が悪いらしい。透子の名が出た途端、じとっとした視線は鳴りを潜め、今度は妙に不機嫌になった。
「でも、自慢してて別に困ってる様子でもなかったから、巫女魔法少女めがねっ娘が救う対象というのとは、違うと思うけどな」
「そうかのぉ? まぁ、今の情報だけはなんとも言えんからの。今のところは様子見じゃな」
そうして、あとは頃合いが来るまで世間話。
時が来れば、
「じゃぁ、また明日な倉主さん」
「ああ、また明日じゃ、来栖辺君」
いつも通り、挨拶をして別れたのだった。
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