第三話 薄型なんて気にしない

①ホームズとワトソンは親友ゆえ、めがねっ娘と眼鏡は親友でもいいのかもしれない

 野々花ののかが手芸部入部の報告に来た日の放課後。


 たすく透子とうこと雑用をしながら、巫女魔法少女めがねっ娘の件は伏せつつ野々花がバスケ部を辞めて手芸部へ入ったことを伝えておく。放っておくとあれこれ詮索されそうだったからだ。


「へぇ、なんか、勝手に解決しちゃったんだね」

「限界を理解したんだろう」

「だろうねぇ。中学のときの様子を見てても、運動部は無理があったと思うしね。手芸部で活躍すれば、もうデクとかも言われないだろうし、いいんじゃないかな?」


 限界が来て辞めた。

 やっぱりやりたいことをすることにした。


 シンプルな話なので、特に疑いなく透子は納得してくれたようだ。

 変なツッコミを入れられずに一安心の翼だった。


 そうこうしている内に、雑用は終わる。

 翼は透子と別れ、自然といつもの方向に足が向いていた。


 野々花の件がひと段落したので、今日は特に放課後神社で落ち合う約束はしていなかった。


 それでも、翼は真萌の神社を訪れないではいられない。


 果たして。

 約束はなくとも、拝殿前の段にいつものように腰掛ける巫女の姿があった。


「ふむ、今日も来てくれたのか。それは重畳ちょうじょうじゃ」


 不機嫌に出迎えられることも多かったが、今日は妙に上機嫌だった。


「まぁ、もう習慣づいているからな」

「習慣、か。神社に足繁しげく通うのは、よい心掛けじゃの」

「ああ、それに、好きだからな」

「え? きゅ、急に、そんなことを、言われ……ても……」


 翼の言葉に、桜色のフレームに飾られた瞳を見開いてあわあわとなってしまう真萌だったが、残念ながら拝殿に視線を向けた翼はそれに気付かない。


 そのまま、


「この神社の雰囲気が」


 素直な気持ちを述べる。


「はぁぁぁ……ま、そんなところじゃろうな」


 真萌は大きく溜息を吐いて、妙な納得顔で頷いていた。


「そんな、わたくしを好きだとか、困ります」


 唐突に聞こえる、内容とは裏腹に全然困ったように感じられない声。

 物語の神だ。

 文字通りの神出鬼没である。


「別に、貴方のことが好きだといったわけではありませんよ。勿論、素敵な女性の姿をされていることは否定しませんが、俺が好きだといったのは、この神社全体の佇まいのことですから」


 律儀に容姿に対する率直な感想を交えつつ、わかりきったことを答える翼。

 すると、物語の神はしばし固まってから。


「な、中々嬉しいことを言ってくれますね……からかうつもりで出てきたのですが、この神を一瞬でも怯ませるとは、恐ろしい八方美人ですね」


 それだけ言い残して消える。


 この神、毎度隙あらば話に参加してくるので、唐突な出現であろうとすっかり慣れて、いつの間にか真萌も翼も驚かなくなっていた。


「俺は、何かおかしなことを言ったのか?」

「いや、おかしなことを言っていないのがむしろおかしいのじゃが……いい。それが主なのじゃと、われはもう割り切って考えることにするよ」


 なにやら諦観ていかんのこもった溜息と共に真萌。


「じゃがまぁ、誰も彼も同じように扱うのではなく、少しばかり優先的にホームズを扱っても罰は当たるまい……他の奴、特に透子よりも、な」

「いや、俺は誰より俺のホームズである倉主さんを優先しているよ」


 例えば先日、透子の放課後の誘いを真萌との会合を優先して断っている。

 自分の中で、優先度はキチンとつけている、そんな自負があった。


 その後、休日に共に出かけたことについては、その日は用事がなかったので問題はないと棚上げしているところが、翼の翼たるゆえんでもある。


「それは、どういう意味でじゃ?」


 淡々と、真萌は問い返す。


「そうだな、言うなれば『友達』に対する『親友』だ」


 『親友』。


 『友達』よりも、優先度が高い存在。


 誰でも分け隔てなく接してきた翼が、思い切って真萌に対してつけた優先度である。


 翼の回答は、どうやら予想の範囲内の答えだったようで。


「それが、限界かのぉ」


 遠い目をして、真萌は漏らす。


「まぁ、そういうことであれば、われも、主を同じように親友と思っておるよ。じゃから……その……」


 そこで、少しもじもじしながら、上目遣いになって、


「今度の土曜にでも、遊びに行かぬか? ホームズとワトソンの親睦を深めるために」


 はにかむように、口にする。


 普段は意志の強さを感じさせる彼女がふと見せた、弱さをはらむ表情に翼はドキリとさせられる。


「そ、そうだな。そういうのもいいかもしれない」


 翼は、ふいに襲ってきた心の乱れを振り払い、応じる。


「では、待ち合わせは、神本街かみほんまち駅前に十三時でどうじゃ?」

「わかった。楽しみにしているよ」


 些細な言葉だった。

 だけどそれは、透子に誘われたときには出てこなかった言葉。


 無意識だった。

 ゆえに翼は、己にその意味を問うこともない。


 特に事件もない日だ。

 巫女魔法少女めがねっ娘について語るべきことも特にない。


 親友として他愛ない会話をしばし交わし。

 黄昏時の内に翼は神社を離れ家路へと着いた。



  ※


 いつものように拝殿前の段に腰掛けたまま。

 視界から消えるまで。

 真萌は精一杯の優しい視線で、翼の背を愛おしく見送っていた。


 その胸に去来する想いが何か、いい加減自覚している。

 だが、翼の性格を考えれば。

 それを口にしてしまえば、今の関係が破綻するだろう。


 当面は、『親友』として、傍にいることで良しとしておこう。


「青春、ですね」

「そうじゃな」


 突如現れた物語の神に、素直に同意する。


「……いい傾向ですよ、真萌」


 小さく、当人に聞こえないよう口にして。

 物語の神は、消える。

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