エピローグ

新たな物語の始まり

「まったく、世話が焼ける委員長だなぁ。ま、だから好きなんだけどね」


 お互いの気持ちを確認し、余韻に浸っていたところで、いきなり卓袱台を返す透子。


「その口ぶり……まさか主があれこれちょっかいを掛けてきたのは、われと翼君の間を取り持つためじゃった……ということなのか?」

「お人好しな解釈過ぎるよ、それ。あたしはそんな殊勝な人間じゃないから。あたしが翼君に抱いている恋愛感情は本物。なのに、最初から恋愛自体を忌避している翼君と、それに乗って本当の気持ちを隠し続けた倉主さん。恋愛の舞台にさえ上がろうとしない二人を、正々堂々勝負できる恋愛の舞台へ押し上げたかった。それが、あたしの望みよ」


 そこで、ウィンクして。


「それに、翼君を奪う気満々だから、気をつけてね?」


 裏表のない透子の言葉は、夕闇迫る境内に爽やかに流れる。

 と。


「あれ? なんだか、翼君への告白大会が始まってるところ? だ、だったら翼君! あたしも、忘れないで」


 夕陽が玉砂利に刻む、一際長い影。

 いつの間にか、野々花が拝殿の傍に立っていた。


「あたしが力尽きて苦しんでるとき、みんなが見捨てる中で、声を掛けてくれた翼君のこと……実は、ずっと気になってたんだ!」

「え、いや、今、俺は真萌に想いを伝えたところで……」


 翼は辟易としながらどうにか口にするのだが、全く届かない。


「あ、ののちゃん狡い! ボクだって、ペタもボインも分け隔てないたすくんのことは悪くないなって思ってたんだから」


 更には、その後ろから多菜美まで現れる。


「ど、どういう、ことじゃ?」


 状況が飲み込めない真萌の言葉に、即座に現れる朱色のスーツ姿。


「二人とも、たまたま遊びに来ただけですよ。友達の家に時間があるときにフラッと遊びに来る。何の不思議もありませんよね? そのタイミングが今だっただけ。ご都合主義じゃありませんよ」


 物語の神は、飄々と告げる。


 そうして、翼の前に立つと。


「モテモテですね、翼。それでこそワトソンですよ」

「どういう意味ですか?」


 ふいに告げられた物語の神の言葉に、憮然と翼は応じる。


「ワトソンは、三大陸にまたがる女性遍歴を持ち、結婚も複数回したと思しきキャラクターです。ホームズをして『女性は君の領分だ』と言わしめるほどの」

「いや、それは知ってますけど、俺はそんな意味でワトソン役に憧れたんじゃない! ホームズに非日常的な事件に誘って自分を変えてもらいたくて、憧れたんだ!」


 ずっと抱いていた大事な想い汚されたようで、ちょっとムキになって翼は反論するが、


「ええ、ええ、そうでしたね」


 恍けた様子であからさまに形だけの同意を示す物語の神。


 そうして、仕切り直すように口にする。


「ともあれ、これでわたくしのお膳立てした『物語で誰かを救う』という目的は達成できました」

「三人救えば良かった、ということですか?」


 透子を数に入れていいのか解らないが、野々花と多菜美は確かに救ったと言えるだろう。


「それは、救う上で必須の工程だっただけで、本当の目的ではありません。正直『物語の危機』云々も適当に言っただけですし」

「は?」


 元も子もないことを言う物語の神に、間抜けな声が出てしまう翼。


「わたくしが救いたかったのは、あなたですよ」

「俺?」

「そうです。今時の若者にしては信心深く、家の神棚に毎日祈り、感謝を捧げ、この神社でもキチンとした作法で参拝を続けてくれました。そんな貴方は、偶然にも貴方が目を逸らし続けたものの神と出会ってしまったのです」

「俺は、別に物語から目を逸らしてはいないはずです。それどころか、物語を求めたからこそ巫女魔法少女めがねっ娘と……」

「ああ、そこに、少し意図的なミスディレクションがあります。わたくしが物語の神であることに嘘はありません。ですが、正確には……」


 朱色のスーツ姿の神は、いたずらっ子のような笑みを浮かべ。


「『恋物語』の神、だったのですよ」


 飄々と答えを告げる。


「確かに、恋愛から目を逸らしていたことは認めますが……恋愛成就を願ったわけではありません」

「いいえ、最初から貴方は望んでいたのです。ただ、自覚がなかっただけ」


 翼の反論を神は一蹴する。


「真萌は、『ホームズ』を『ヒーロー』に換言しました。ですが、細かい事を言えば、女性なら『ヒロイン』になります。つまり、貴方の物語のヒロインとなったのです。ボーイ・ミーツ・ガールの物語だったのですよ、最初から。物語であれば、ヒロインとの関係の中で、様々な難事に接していくことになるものです。青春には万事が難事。他人には想いもよらない些細なことも大問題だったりするものでしょう?」

「いや、それは確かにそうかも、しれませんが……」


 野々花や多菜美のことは、確かに、そういう類の難事だった。

 透子のことだって、そうなのだろう。

 それでも、翼には今一釈然としないものがある。


 構わず、物語の神は結論を口にする。


「要するに、貴方の『俺のホームズと出会えますように』という願いは、かつて恋愛絡みで周囲にからかわれて嫌な想いをしたことで植えつけられた恋愛への忌避感によって歪められた『彼女が欲しい』という潜在的な欲求と、解釈できなくもなかったんですよ」


 あまりにもあんまりな物語の神の言葉に、翼は愕然とする。


「まぁ、これは『そうとも言える』程度で曲解に過ぎるかもしれませんが、それでも、恋愛への忌避感を持つ翼が、最終的にそれを克服して真萌と結ばれる。それが貴方の救いとなるからこそ、わたくし恋物語の神が力を得て応えられたのです」


 言われてみれば、真萌のことは出会ったときから気になっていた。

 恋愛への忌避感でフィルタリングされていたけれど、抱いた想いは一目惚れに等しい。


 だが、染みついた処世術が邪魔をして、必死に恋愛に類する感情を打ち消し続けてきた。

 透子に噂を立てられそうになったときには激高してしまうほどに、恋愛を遠ざけようとした。


 そんな、翼が。

 最終的に、真萌への想いを受け入れ。

 真萌の想いに応え、結ばれた。


 それは、ホームズとワトソンの物語というより。

 ありふれた『恋物語』の一つ、だったのだろう。


 翼は、これまでを思い返し、物語の神、改め恋物語の神の言を認めるしかなかった。


「そういうわけで、主人公真萌ヒロインが結ばれて、物語はハッピーエンド。わたくしも目的を達成して更に力を得て、めでたしめでたし、です」


 かくして、ワトソン役への憧れを想像もしていなかった、だが幸せな形で叶えたところで。

 恋物語の神が紡いだ翼の恋物語は、フィナーレを迎える。


 だが、それは新たな始まり。

 恋愛を認めた翼の『日常』は、恋愛を忌避してきた翼にとっての『非日常』。

 その、幕開きに過ぎない。


 新たな日常の中で、翼がどう変わっていくのか?

 やはり透子に野々花、多菜美も加えてのハーレムコメディ的な日常になるのか?


 それは、まだ神さえも知らない。


【完】

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