⑤巫女めがねっ娘はレトロゲーマー
土曜日の十三時。
服装は、透子のときと同じ。
敢えての嵩都高校制服のブレザーだった。
真萌がどんな格好で来るのか少し楽しみにしながら、待つ。
流石に巫女装束ではこないだろうと思うが、可能性はゼロでもない。
あれこれ想像を膨らませていると。
「待たせた、かの?」
背後から耳慣れた声が掛かる。
「いや、今、来たところだ」
「それは
透子には返せなかった定番の台詞が、真萌に対しては自然と出てきた。
振り返り、改めて真萌の姿を見る。
巫女装束ではなく、同じ和装の着物姿だった。
白地に色とりどりの花柄、朱色の帯。
いつもは水引でまとめている髪は、アップに纏めて赤い花飾りのついた簪を差している。
とてもよく似合っていた。
似合いすぎていた。
そして、小柄な真萌のそんな姿を見ていると、一つの単語が頭に浮ぶ。
「七五三?」
「まさか、主がそういう失礼な反応をするとはの」
思わず漏れ出た言葉を、丸いレンズの奥の瞳を鋭くして咎められる。
「いや、それはそれで、可愛らしいという意味合いのつもりだったんだが」
慌てて、取り繕う翼。可愛らしいからこそ、七五三を連想したので嘘は言っていない。
「ま、まぁ、そういうことなら、よい」
一転して、照れたように頬を染める真萌。
気を取り直し、
「では、行くとしよう」
前に立って歩き出す。
行き先は、駅前から道路を挟んだ商業施設。
その地下にある、寂れたゲームセンターだった。
「どうしても、一人では来づらくてのぉ。家庭用ゲーム機に移植されているものは何度もプレイしておるが、実物を一度プレイしてみたかったのじゃ。それが、偶然にもここで稼働しておるというのを最近知って、来てみたかったのじゃ」
それが、神本街駅を待ち合わせ場所に選んだ最たる理由だったらしい。
確かに、巫女装束なり、今の着物姿なりの女の子が一人でゲームセンターにいるというのも悪目立ちして居心地が悪いだろう。せめて、誰かに傍に居て欲しいというのは道理だ。
真萌がプレイしているのは『奇々怪界』(タイトー)。
巫女の
大分昔のゲームである。難易度もそれなりに高いはずなのだが。
「上手いもんだな」
見ていると、サクサクとステージを進めていく。武術を色々やっていて、反射神経などもよいのだろう。家庭用ゲーム機でやり込んでいたらしいが、それにしても凄い腕前であった。
あれよあれよで七福神を全て助け、宝船に乗り込んでオールクリアしてしまう。
とはいえ、レトロゲームではよくあるのだが、クリアすると難易度の上がった二周目に入り、延々ループするので、それで終わりとはならない。
「まぁ、この辺かのぉ」
三周した辺りで集中が切れてきたのかミスが目立ち始め、ゲームオーバーとなる。既に、プレイ開始から一時間近く経過しているので無理もないだろう。
「来栖辺君、退屈ではなかったか?」
ゲームの前を離れ、翼に並ぶ真萌。
「とんでもない。俺は余りゲームには明るくないんだが、腕前が達者なことはよく解ったよ。見てるだけで十分楽しめた」
「まぁ、家で散々やり込んでおったからのぉ」
謙遜と自慢が半々のような口ぶり。
「……それで、退屈しておらんのじゃったら、次はこれをプレイしたいのじゃが?」
それは、縦スクロールシューティングゲームの『戦国エース』(彩京)だった。
真萌は迷わず巫女のキャラを自機として選択する。
「暴れん坊巫女こより?」
アップライト型の筐体の上部に付いた説明書きのインストカードに記された名を声に出してしまう。
その巫女は、同じ巫女装束でもいつもの真萌とは大分異なる印象である。坊主であれば、破戒坊主、といった風情の巫女装束の着崩し振り。要するに、胸元が大きく開いているのである。
「まぁ、なんというか、このキャラには親近感を覚えるのじゃよ」
翼が衝撃を受けていると、サラッと真萌は理由を語りながら、プレイを開始する。
弾幕というほどの密度ではないが、高速弾を交えた緩急のある敵弾は嫌らしく自機を殺しにくる。それを、軽く躱し続ける
これもあれよあれよで一周クリアし、二周目もクリアしてしまう。
画面に
「美事なものだな」
感心する翼に気をよくしたのか、
「では、次はこれじゃ」
と、またまた巫女が自機に含まれるシューティングゲーム『式神の城』(タイトー)をプレイし始める。因みに、この巫女も
そのまま、三時間ほどあれもこれもという真萌のゲームにつき合うこととなったが、翼は最後まで退屈することはなかった。ゲームの内容も、それをプレイする姿も、見ていて全く飽きるものではなかったからだ。
「今日は、われのゲームにつき合わせただけになってしまったのぉ……」
少し申し訳なさそうに言う。
「いや、いいよ。倉主さんの知らなかった一面を知ることが出来たから」
「ふふ、そう言って貰えるなら、気が楽じゃ」
地下のゲームセンターから地上へ出ると、すっかり夕焼け空となっていた。
今日はこれでお開きとしたが、自然と真萌を嵩都稲荷神社まで送る流れとなった。
「なぁ、また、どこか遊びにいかぬか? 今度は、来栖辺君の趣味に合わせるからの」
「そうだな。考えておこう」
「絶対、じゃぞ?」
「あ、あぁ。絶対だ」
強く念を押す真萌に、少々気後れしながらも翼は応じる。
そんな会話をしながら並んで歩くのが心地良い。
二人で話しながら歩くと、三十分などあっという間だ。
町外れの嵩都稲荷神社に辿り着いた。
「また、の」
「ああ、また月曜に!」
夕陽の中、着物姿で鳥居を潜る真萌を見送る。
異界に消えゆくような儚さを感じ、それが、美しい、と思った。
普段と違う着物姿。
ゲームに熱中する姿。
直接真萌にも言ったが、新たな一面を知ることができたのが、凄く嬉しかった。
もっと、真萌と仲良くなりたい。
翼は、親友として、そう、思った。
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