⑩小さな巫女魔法少女めがねっ娘の大きな秘密
「そ、そこまでのものを隠してたなんて……」
目を見張るタナミィ。
だが哀しいかな、眼鏡に姿を変えた翼には、真萌の姿が見えない。
「……すまん。これが来栖辺君にも隠しておったことじゃ」
真萌は視線を下げる。
その眼鏡は、胸元へと向けられる。
眼鏡の身では、目をつぶることも出来ない。
真萌が見ているものが否応なく、視覚として認識される。
今、目の前にあるもの。
真萌の衣装のベストの前が、完全に開いていた。
いや、そんな生ぬるい表現ではいけない。
蟻の一穴がダムを決壊させるように、
ベストを弾けさせたのは、内側からの圧力。
白いレオタード状のインナーは、張り詰めるほどに大きく前横に押し出されていた。
首元が引かれて伸び、胸元は大きく開いてしまっている。
そこには、半ばまで肌色の二つの果実が露わになり、深い谷間を形作っている。
一瞬、何か解らなかったが、その膨らみの正体に気付いたとき、
「これは……立派なものをお持ちで」
反応に困り、妙に丁寧な言葉になってしまう翼。
「そういうことじゃ……普段は
視線を上げる。
生真面目な翼をして名残惜しさを感じさせる光景だったが、その胸の谷間が視界から外れる。
「やっぱり、やっぱり巨乳だった! 真萌ちゃんは、巨乳を隠して、ボクを内心で笑っていたんだ!」
「そんなこと、倉主さんがするわけないだろう!」
先に答えたのは、翼だった。
拝殿前の一件での怒りは、未だ
「ありがとう、来栖辺君。でも、よいのじゃ。主に対しても、巨乳であることを隠して偽っておったのは、事実じゃからな」
「ほぉら! 嘘吐きを認めた!」
マナミィが頭上に手を翳すと、虚空に何枚もの光のカードが産み出される。
「マナイタ・レイン!」
容赦なく、真萌へと光刃が降り注ぐ。
が、真萌は大きく飛び退って、躱す。
「嘘を吐いていたのは事実じゃがの、別に、多菜美ちゃんが嫌いで騙していた訳じゃない」
「ふん、どうだか! マナイタ・トルネード!」
今度は、真萌の周りに光のカードが大量に産まれ、渦巻きながら包み込むように迫ってくる。
「めがね・はるばーど!」
真萌の手に、輝く薙刀。
即座に一閃し、光の刃を叩き落とす。
「勇気がなかったのじゃ! せっかく仲良くなれたのに、巨乳だと知られたら嫌われると思って……」
哀しげに真萌。その言葉に嘘はないのだろう。
「嘘だ! 巨乳の言葉なんて、信じない! 巨乳は、みんなボクをバカにするんだ! マナイタ・ギロチン!」
タナミィは聞く耳を持たない。
特大のカードの刃が、頭上より落ちてくる。
真萌は、薙刀を器用に操って、その軌道をずらして躱す。
「ボクは、ずっと、バカにされてきたんだ! 女としての魅力が足りないとか、ガキだとか! マナイタ・ガトリング!」
真萌は体の前で薙刀をクルクルと回して全て弾き落とした。
「男子だって、巨乳が好きなのが当たり前。貧乳好きは、特殊性癖扱い。ボクは、特殊なんかじゃない! マナイタ・タイダルウェイブ!」
津波のように、無数の光の刃が真萌へと前方から迫る。
真萌は、薙刀を用い高飛びの要領で跳び越えて躱す。
「みんな巨乳が悪いんだ! だから、ボクは貧乳を誇る! 誰がなんと言ったって、誇る! それは、巨乳に見下されてきたボクの叛逆だ!」
多菜美が薄型を誇るのは、巨乳への叛逆。
バカにされてたまるかと、巨乳なんかに負けないと、ずっと頑張っていたのだろう。
だが、そもそもの原動力は。
「巨乳なんて、大っ嫌いだぁぁぁぁあぁああぁぁぁぁぁぁあぁあああぁぁあぁぁぁぁあ!」
巨乳への憎しみだった。
「やれやれ、ここまで聞く耳を持たぬとは、巨乳への憎しみを拗らせた『巨乳不審』と言ったところか……」
「どういうことだ?」
「われが言うのも奇妙かもしれんがの、『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』というのに近いかの。相手が巨乳というだけで、信じられなくなっておる」
確かに、その通りの状況だった。
「恐らく彼女は、巨乳に打ち勝ちたいんじゃ。にっくき巨乳を倒し、貧乳の方が優れていると思い知らせたいんじゃ」
だが、そうなると。
「それじゃあ、わざと負けてやればいいのか?」
ということになる。
巨乳に勝つのが救いになるのなら、真萌が負けるのが救いと言うことになる。
「そうじゃの、負けてやれば、丸く収まるのかもしれん」
真萌も、同意する。
「じゃがの」
そこで、真萌の手に
「われにだって言いたいことはあるのじゃ! こぉのバカ貧乳がぁぁぁぁぁぁああぁあ!」
今まで聞いたことのない、感情も露わな叫びに眼鏡の姿ながら身が竦む。
真萌の言葉にはそれほどの怒りの感情が籠もっていた。
矢を番え、打ち放つ。
身軽に躱すタナミィ。
「貴様に、巨乳の何が解る!? 巨乳にも辛いことはいくらでもあるのじゃっ!」
再び矢を番え放つ。
「ふん、どうせ、肩が凝るとか嫌みなことでしょ? マナイタ・ガード!」
目の前に現れた光の板が、矢を撃ち落とす。
「そんなもん、鍛えておるわれにはどうということはない」
言いながら、矢を乱射する。
「それじゃ、男子に嫌らしい目で見られる? それも、女としての魅力を誇示するようなもんじゃない。結局巨乳自慢だよ。マナイタ・バリア!」
光の板がタナミィの体を包み込み、全ての矢を弾き返す。
そこで、一度動きを止める真萌。
そうして、叫ぶ。
「ふざけるな!」
弓矢を消し、再び手の中に再び
「それが原因で、どれだけ不本意なことを言われてきたと思っておるのじゃ……」
飛び道具は効かないと、接近戦へ。
「この身長でGカップもあるとの、余計に目立つのじゃ! 下手な巨乳女子より、よっぽど無茶苦茶言われておるわ!」
薙刀の射程は長い。
少し踏み込めば、もう、間合いだった。
「気の持ちようで誇れるだけ、貧乳の方がずっとマシじゃ! 巨乳を誇ろうものなら、ヘタすりゃ痴女じゃぞ? 淫乱呼ばわりじゃぞ?」
横薙ぎに一閃。
タナミィは背後へバク転で避ける。
「この体で何人もの男をたぶらかしているだの、終いには、体を売っているなどといういわれのない噂まで立つ始末じゃった!」
更に踏み込んで、今度は上から振り下ろす。
タナミィは身軽に側転で躱す。
「他ならぬ、この、清浄なる巫女のわれがじゃぞ?」
振り下ろした薙刀を腰の高さで止め、腰を入れて側転を追う。
だが、それも連続で側転して躱される。
「それが、どれだけ不愉快で、惨めで、哀しいことか……」
ギリ、と歯がみするのが、眼鏡の弦を通して翼にダイレクトに伝わってくる。
「そもそも、われがなんで高校へ巫女装束で通っておると思っておる? 外出時も極力和服を着るようにしておると思う?」
攻撃の手を止め、だが、その昂ぶった感情が薙刀に伝わり揺らしながら。
真萌は、一つの真実を告白する。
「それは、巨乳を隠すためじゃぁぁぁあああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
言葉に込めた想いを示すように、ダンと力強く、薙刀の石突きを地面に突き立てる。
「こそこそ隠れねばならん巨乳からすればの、貴様が貧乳を誇るのは、貴様が巨乳を憎むくらい、疎ましかったんじゃ!」
そういえば、多菜美の言葉に対して時々微妙な反応を返していたように思う。
それが、理由だったのだろう。
「それを、嘘吐きだ? 騙された? ふざけるでない! なら、多菜美ちゃんは、われにまたエロい噂を立てられて惨めな思いをせよというのか?」
「そ、そんなこと、言われたって……」
聞く耳を持たなかったタナミィが動揺し始める。
押し込めていた真萌の怒りが、その心へ届き始めていた。
「多菜美ちゃんの言い草は、泣くほど悔しかったんじゃ。業腹だったのじゃ。それでも、主の気が済むなら、受け入れようと頑張ったのじゃ……なのに、調子に乗りおってからに!」
先ほどの真萌の涙は、拒絶が哀しかったのではなく、悔しさと怒りに打ち震える涙。
「こうなれば、乗りかかった船じゃ。われが、多菜美ちゃんの巨乳への憎しみを受け止めてやろうぞ!」
真萌は薙刀を捨て、そのまま、ダッシュ。
「で、でも、貧乳だって、隠さなきゃいけないこともあるんだよ! ボクがいつも、少年のような格好をしてるのだって、まほっちと同じような理由だよ! 少女らしくしてればしてるほど、貧乳を馬鹿にされるから、少年っぽい恰好で、誤魔化してるんだ!」
「……そう、なのか?」
虚を突かれたように、立ち止まる真萌。
言われて見れば、その変身後の姿は貧乳を際だてるというのもあるだろうが、チュチュという女の子らしい姿だった。
「そうだよ! ボクだって、女の子らしくしたいよ! でも、だから、一方的に巨乳の都合を押しつけないでよ!」
「そうか、巨乳には巨乳の、貧乳には貧乳の悩みがある、ということか……なぜ、それに今の今まで気づけんかったのかのぉ……」
真萌は何かを悟ったように言いながら巧みな足捌きで間合いを詰め、タナミィへと掴み掛かる。
チュチュの裾を靡かせ、華麗にバレエを舞うように、タナミィはその手を躱す。
「確かに、主の貧乳をあざ笑う巨乳もおったじゃろう。女の魅力に欠けるだの心ない言葉を掛ける輩もおったじゃろう」
真萌は追いすがる。
タナミィは避ける。
「じゃがの、主までも巨乳へ貧乳の理屈を押しつけてしまっては、平行線じゃ」
今度は足払いをする巫女魔法少女めがねっ娘。
華麗に後ろへ跳んで躱す薄型魔法少女。
「なら、お互い様と、認め合うことが肝要と思わんかの?」
畳みかけるように、足払いで出した方の足を軸に切り替えて一気に間合いを詰める真萌。
「あれ?」
更に飛び退ろうとしたタナミィが、朱光の壁に行く手を阻まれて足を止める。
真萌は、最初からそこへタナミィを押し込む算段だったのだ。
後がなくなったタナミィへ迫る真萌。
タナミィの右腕を掴む。
「結局、巨乳じゃろうが貧乳じゃろうが、目立つ特徴というものは何かと揶揄されるものなのじゃろうな。哀しいかな、特にこの出る杭打つのが大好きな日本、という国では、の」
そのまま、一気に引き寄せ。
「われは多菜美ちゃんの本音を聞いて、ようやくそれに気づけたのじゃ。じゃからの、多菜美ちゃんにも少しは巨乳のことを解って欲しい」
抱きしめた。
その、豊かな胸元に、タナミィの顔を埋めさせるように。
「あれ、なに、これ……ふわふわで、あたた、かい……」
「巨乳は敵じゃない。こうして友の憎しみを包み込むこともできるのじゃ」
タナミィの頭を、優しく撫でながら。
真萌の胸の中、段々と安らいだ表情を見せ始める多菜美。
「色々とからかわれもしたがの、今、こうして多菜美ちゃんを包み込んでやれたことだけは、この巨乳に感謝してもよい、そう思うのじゃ」
「うん、悪くないね、まほっちのおっぱい」
多菜美は、ゆっくりと目を閉じる。
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