⑨時には本音をぶつけ合うことも必要
多菜美の言葉を受けた真萌は顔を伏せ、
「くぅ……うっ……」
くぐもった呻き声を漏らす。
堪えきれなくなったのか、それはやがて、涙混じりの嗚咽に変わる。
「おい! いくらなんでも言い過ぎだろう!」
考えるより先に、声が出ていた。
「ああ、たすくん。黙っててよ。男には関係ない。女同士の話をしてるんだから」
まだまだ真萌をいたぶろうというのが伝わってくる、冷めた声。
「知るか! 倉主さんを、泣かしておいて……」
性別なんて関係ない。
親友に土下座までさせて、それを踏み躙って泣かせた。
それにも飽き足らず、今なお、真萌に更なる痛みを与えようとしている。
自分でも驚くほどの強い怒りが、ふつふつと湧き上がっていた。
怒りが臨界に達し、多菜美に殴り掛からんばかりの勢いで足を踏み出したとき。
「落ち着きなさい。翼」
目の前に現れた朱色のスーツ姿の女に手で制される。
いつもながらの突然の登場に気勢を削がれ、翼は足を止める。
「あなたもです、多菜美」
翼が立ち止まったのを確認して、今度は多菜美を制する。
「どこから出てきたのか知らないけど、邪魔しないでよ」
だが、聞く耳を持たない。よほど感情が高ぶっているのか、物語の神が虚空から現れたことも大して気にしていないようだ。
「ボクは、もっと、もっと、もっと、思い知らせないといけないんだから」
物語の神の姿をまじまじと見る。
「何より、お前も敵だ。敵の言葉など、聞くに値しないよ」
言い捨てて、真萌に向き直る。
「やれやれ、手に負えませんね」
溜息を吐いて、未だ土下座して項垂れたままの真萌へ、歩み寄る。
「ふん、やっぱり、敵同士、仲良くするんだ」
つまらなさそうに、二人を見る多菜美。
「真萌。いつまでもそんな格好ではいけません。そろそろ出番ですよ」
物語の神が、肩を抱き上げるようにして真萌を立ち上がらせる。
真萌は、巫女装束の袖で涙を拭うが、未だ涙は流れ、目は真っ赤だった。
「わ、われに、何を、せいというのじゃ? 構わんのじゃ。これで、多菜美ちゃんの気が済むのなら、われは、このまま、言われるがままでよいのじゃ……」
「本当に、そう、思っていますか?」
「も、勿論、じゃ」
真萌は答えるのだが、どこか慌てたような不自然があった。
翼は、多菜美に敵呼ばわりされたことで真萌が哀しみに打ちひしがれたのだと思っていた。
だが、何か反応が妙な気がする。それだけでない何かを感じさせる。
「そうですか。なら、貴方はなぜ、そんなに拳を握りしめているんですか?」
「こ、これは……はて、なんで、かのぉ?」
見れば、真萌の手は真っ白になるほど握り込まれ、震えている。
言われてもまだ、拳は握ったままなのだ。
「では、お尋ねします。今の涙は、なんの涙ですか?」
「……われが堪えれば、収まるのじゃ、そう、させてくれ」
「謙虚さは美徳ではありますが、過度の謙虚さは人間関係を壊しますよ。何より友達なら、時には本音をぶつけ合うことも必要です」
「そういう、ものかの?」
「ええ。そうしてこそ、彼女は救われるのです」
物語の神が、決定的なキーワードを告げる。
救う。
それは、巫女魔法少女めがねっ娘に課せられた使命。
「なるほど……じゃから、『出番』か」
「はい。察しがよくて助かります。思いっきりぶつかってください」
淡々と告げる。
「来栖辺君!」
未だ赤い目をした親友に呼ばれる。
「おう!」
なんだか解らないが、親友に呼ばれたなら駆けつけるだけだ。
「さて、わたくしはわたくしの役目を果たしましょう」
「え? あれ? さっきまであっちに……」
文字通り自分の隣に瞬間移動してきた物語の神に、困惑する多菜美。
「はいはい、大人しくしてくださいね。痛くないですから」
言いながら、小さな頭に手を乗せる。
「な、何……何を、するの」
「貴方の本音、ぶつけさせてあげますよ、お友達に」
その言葉を契機に。
怯えていた多菜美の目が、ふっと、閉じる。
次に目を開いたとき。
彼女の口からは呪文が放たれた。
「ぺたぺたぺったん ぺたぺったん ぺたぺたぺたたん ぺたぺったん!」
それは、彼女の誇る貧乳を象徴する呪文だ。
物語の神により引き出された、本音に基づく変身呪文である。
彼女の背後に、その身長より少し高いぐらいの光が立ち上る。
それは薄い、光のカード。
その中に、身を沈める多菜美。
トレーディングカードに書かれたイラストのように、その姿は二次元に投影される。
と、マーブル模様のようにとりどりの色合いで映像はかき回され。
再構成されたときには、その薄い体型が敢えてはっきり出る、チュチュのような衣装に。
その姿が、カードから抜け出て三次元へと戻ってくる!
「薄型魔法少女 コンパクト・タナミィ、今、ここに誕生だよ!」
元気よく名乗りを上げる。
一方で、真萌と翼も変身プロセスに入っていた。
――かしこみ・まじかる・うぇりんとん
――はらたま・うぃざどり・あんだりむ
――みこまほ・めがみ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っくす!
「巫女魔法少女めがねっ娘 ぐらっしぃ∞まほ、見参じゃ!」
紅白のマジシャン風衣装に身を包んだ姿に変身完了。
即座に弓を構え。
「めがね・あろ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」
天へ向かって鏑矢を放ち。
降り注ぐ光が周囲を包む。
本殿を中心とした空間が、朱い光の壁で隔絶される。
異界の中に、産まれる更なる異界。
役目を終えた弓は、虚空へ消える。
「眼鏡時空、発生完了! さぁ、勝負じゃ、多菜美ちゃん、いや、タナミィ!」
巫女魔法少女めがねっ娘が活躍すべき場を産み出し、真萌は、薄型魔法少女と対峙する。
「へぇ、変身しても、嘘吐きなんだ」
ぐらっしぃ∞まほの姿を見て、タナミィ。
「その嘘、暴いてあげるよ!」
その手を振りかぶると、指の間にカード状の鋭利な光の刃が産まれる。
「正体を現せ! マナイタ・カッター!」
叫びと共に、真萌へ向かって光刃を放つ。
即座に飛び退って回避する……と思いきや、眼鏡となった翼の視界は微動だにしない。
「おい! どうしたんだ! これぐらい避けられるだろう?」
避けようとしない真萌に、慌てる翼。
「勿論じゃ。じゃがの、これは、ギリギリで受けねばならぬ攻撃なのじゃ。正直に、なるためにの」
意味ありげな言葉を言いながら、真萌の視線は迫る光刃へと集中する。
迫る刃は真萌の胸元へ。
ホンの少し、真萌は体を下げる。
紙一重で躱す。
光のカードは、玉砂利の地面に刺さる。
ほっとする翼。
だが、その刃は掠っていたようだ。
真萌の衣装、ぴったりと体を包むベストの合わせ目に、ほころびが出来る。
そして。
次の瞬間。
ボンッと何かが弾けるような音がしたのだった。
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