⑧揺らぐ巫女めがねっ娘のアイデンティティ

「な、なにを、い、言って、おお、おるのかな?」


 真萌まほは明らかに動揺して取り繕おうとする。


「そうだ。伊達眼鏡だったら見てすぐに解るだろう? 度の入った眼鏡と違ってレンズが光を反射するから、質感が全然違うはずだ」


 たすくも即座にフォロー。

 親友として、クラスの誰よりも真萌と向き合ってきた自負がある。

 当然、その眼鏡とも向き合うことになる。

 だから、解っている。


「倉主さんのあの桜色の眼鏡のレンズは、光の反射が度入りのレンズ特有の緑色の反射になっていたぞ?」


 あの素敵な眼鏡が伊達眼鏡とは思えない。


「ううん、それはちゃんとしたレンズを入れてない安物の伊達眼鏡の場合の通説よ。キチンとコーティングされた視力矯正に使うのと同じレンズを使えば、光の反射も当然緑色になるからパッと見ではまず解らないものよ」


 透子とうこは、予想していたように即座に反論する。


「じゃ、じゃが、それだけでは、伊達眼鏡とは断定できんじゃろう?」

「勿論よ。これは、後から調べて知った補強材料。そもそも、あたしが伊達眼鏡だと気づいたのはそこじゃない」


 そうして、種を明かす。


「実は、前に翼君と歩いてる姿を目撃して、何か脅迫材料に使えるかと盗撮してたのよね」

「いや、さらっと脅迫材料とか盗撮とか……お主、結構恐ろしい奴じゃのぉ」


 薙刀を振り回したり飛び退ったりして鉤爪とビームを躱しながら、真萌は少々引き気味に言う。


「ま、手段は選ばないタイプだから……で、その中に倉主さんの顔をズームして撮ったものもあるのよね。それを見て、何か違和感があったんだけど」

「ま、待て。この話は、これまでじゃ!」


 慌てる真萌。だが、それは既に負けを認めたに等しく。


「レンズを通して見える顔の輪郭が、全くずれてなかったの。つまり、視力矯正のための屈折がない。それは、度が入っていないと言うこと」


 そこで、探偵が犯人に暴いた真相を告げるように、ためを作り。


「ゆえに、貴方の眼鏡は伊達眼鏡。以上、 Quod erat demonstrandum《証明終わり》」


 真萌を真っ直ぐ指差し、告げる。


「あ、あぁぁぁあぁぁぁぁぁっぁぁあぁぁっぁ!」


 叫びを上げる真萌。


 同時に、その眼鏡が光に包まれ。

 次の瞬間、翼は、ぐらっしぃ∞まほの姿を初めてその目で見た。


 つまり。


「変身が……解けた?」

「翼君の変身だけが、ね。そりゃそうでしょう。『巫女魔法少女めがねっ娘』としてのアイデンティティが崩壊したんだから。眼光を隠すために掛けていた眼鏡が、更に偽物の伊達眼鏡だったなんて、二重の偽りだものね。伊達眼鏡は偽の眼鏡。つまり、貴方は巫女魔法少女めがねっ娘なんかじゃない! ただの巫女魔法少女よ!」


 決定的な、透子の勝利宣言。


「な、なんだって!」


 翼は、あれだけこだわった『めがねっ娘』という属性を失った真萌の姿を見る。

 見れば、眼鏡を模した武器も失われたのか薙刀が消え、空手になっている。


「ぐっ……み、見るな! 見ないでくれ!」


 顔を覆い、それでも指の隙間から覗いているのか、器用に三メートルの宇宙人の攻撃を躱しながら、真萌は叫ぶ。


 だが、そんな無茶は流石に通らない。


 真萌へ向かって真っ直ぐ放たれたビームを躱したところで、両手の鉤爪がクロスするように迫って真萌を捉える。


「ぐぁ!」


 咄嗟に後ろに飛んで躱すが、バランスを崩して倒れ込んでしまう。


 三メートルの宇宙人は、そこで動きを止める。

 奇しくも倒れ込んだのは、翼の目の前だった。

 咄嗟に立ち上がろうと両手をついたところで、真萌は翼がいたことに気づいたようだ。


 その両目を大きく開く。

 白目勝ちの瞳。

 鋭い眼光。


 それを、翼は真っ向から受ける。


「噂に違わず、怖い目ね」


 透子が遠慮なく言う。


「あ、あぁぁ」


 力なく項垂れ、今更ながら真萌は両手で顔を覆うのだった。

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