⑩八方美人の物語の終幕

「はぁ、なんか、馬鹿馬鹿しいことをしていた気がするわ……」


 口論の記憶は残っているのか、闘い終わって元の姿に戻った透子とうこがそんなことを言う。


「伊達眼鏡でグラスオフ作戦は失敗しちゃったわね」

「そんな作戦名だったのか……」


 元は、真萌まほに伊達眼鏡である事実を突きつけて眼鏡を外させ、かつての絡まれまくり生活へ戻そうという作戦だったらしい。


 それを、戦意喪失へと応用したのがあのバトルでの行動だ。


「で、倉主くらぬしさん……いい加減、素直になったらどうかな?」

「何の、ことじゃ?」

「改めて聞くわ。たすく君のこと、どう思ってるの?」

「……」


 先ほどは即答した質問に、真萌は時間を掛ける。

 しばらく逡巡した後。


「……好きじゃ」


 頬を染め、上目遣いに。

 翼の心を度々惑わせ、その度にある想いを打ち消さねばならなかった表情で。

 小さくともはっきりと、口にした。


「な、何を……恋愛のことは、もう……」


 翼は、かつて味わった理不尽なからかいや、周りで繰り広げられた恋愛絡みの茶番の数々を思い出す。


「俺にとって、倉主さんは、親友で」

「翼君……われ『も』、翼君が、好きじゃ」


 もう一度。

 桜色の美しいレンズの奥の瞳を微かに潤ませながら。

 真萌は、口にした。


 初めて、翼を下の名前で呼びながら。


「お、俺、は……倉主さんの、ことが……」

「ふふっ、往生際が悪いのぉ。主が先に告白してきたのではないか。われは、それに答えただけじゃぞ?」

「え、お、俺は、告白なんて……あ!」


 咄嗟のことだった。

 だからこそ、本音が出たのだ。


 伊達眼鏡を掛けた真萌が好きだと、はっきり言った。

 今まで、「親友として」などと前置きしてその言葉を告げたことはあったかもしれない。


 だが。

 ただ純粋に。

 好きだ、と言ってしまったのだ。


「……そうだったな」


 認めるしかない。


「なら、改めて言わないといけないな」


 不愉快な揶揄を受けるかもしれない。

 妙な詮索を受けるかもしれない。


 だけど、もう後戻りはできない。


 翼は生真面目である。

 一度告げた想いを裏切れるほど器用なら、こんな性格はすぐに治っているのだ。


「俺も、真萌が好きだ」


 己の想いを、改めて言葉に乗せる。


 かくして、ジョン・H・ワトソンとシャーロック・ホームズのようにファミリーネームで呼び合う関係は脆くも崩れ去った。


 『親友』という言葉で抑制し、打ち消し続けていた恋の予感は、既に過去に。


 ここから始まるのは、翼と真萌の恋物語。

 新たな、日常。


 それは、かつて望んだ非日常とは違うけれど。


 悪くない。


 翼はそう、思うのだった。

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