⑥めがね・あろーは超音波じゃなくて弓矢

 物語の神のことを訝しんでいた真萌まほだったが、変身がすっかり気に入ったのか色々とポーズを決めたりしてご満悦だった。


 その姿が見えないのがたすくは残念なのだが、視界を共有してポーズを取る動きを感じるのは、新鮮な体験だった。


 と、姿勢を正し。


「めがね・あろー!」


 叫べば、真萌の手の中に光輝を纏った弓矢が現れる。

 弓は、真萌の身長よりもずっと大きい和弓だ。


 そのデザインは若干独特だった。


 ぱっと見は、弓道部などが使っている弓と大差ないデザインに見える。

 だがよく見れば、弓の握りの部分の上下に銃の照準器のようにレンズがついているのだ。


 本来、和弓は照準器で狙いを定めるようなものではない。翼は、目の前に現れた弓を見てそんな疑問を抱いたが、ふと、気づく。


 握っている部分が眼鏡のブリッジに辺り、照準器がレンズ。上下に伸びる部分が眼鏡のテンプルにあたる、と捉えれば、この『めがね・あろー』なる武器は、眼鏡型の弓矢だ。


 眼鏡にレンズがついているのに疑問の余地はなかった。


 真萌は、手慣れた様子で矢をつがえて構えると、天へ向かって撃ち放つ。

 白い光の尾を引いて真っ直ぐに飛び、朱い光の天井へ吸い込まれるようにして虚空へ消える。


 翼はそれを、眼鏡として真萌と同じ視界で見ていた。


 全くぶれずに矢の飛びゆく先を見届ける視点は、真萌が安定した美事な姿勢で矢を放ったことを物語っている。もしも天空に的があれば、その正鵠を射ていたであろう。


「もしかして、弓道の心得があるのか?」


 そうとしか思えなかった。


「武道は神道と関係が深いからの、まぁ、それなりに嗜んでおるよ」


 どこか照れくさそうに、真萌は肯定する。


「破魔矢などに現れておるように、弓道が特に関係が深くメインじゃが、薙刀も囓っておる。他に、護身術として合気道などの無手の武術も学んでおる。そっちについては、われの体が小さい分、身を守れるように、と親が心配して習わせたというのもあるの」


 そういう事情らしい。


「だったら、弓道部に入ったりはしないのか?」

「いや、部活は昔はしておったが……高校では、いい」


 どこか陰りを見せた真萌の口調は、何かわけありであることを感じさせる。

 踏み込んだものか、翼が躊躇していると、


「『めがね・あろー』だけでなく、他にも貴方に相応しい武器のイメージが既に貴方の中にあるはずです。ここは完全に現界とは切り離されていますから、技を試し放題です。いざというとき、困らないように、他の武器も試して己の手の内を理解しておくのがいいでしょう」


 少し離れた場所で様子を伺っていた物語の神が、ふいに提案してくる。

 タイミング的に「詮索するな」とたしなめられたように感じた翼は、今は深入りしないことに決める。


「おお、そうじゃの。では、遠慮なく試させて貰おう」


 一方の真萌はノリノリで応じる。

 弓を持つ手を下ろすと、『めがね・あろー』は光の粒子となって虚空へと消え去った。


「では……めがね・はるばーど!」


 高らかに叫んで右手を前に出すと、その手の中で上下に長く光が伸びる。


 『ハルバード』といえば西洋の斧の柄を長くしたような武器である。


 だが、巫女の真萌が使うのは、それではない。一応、ハルバードの一種ともいえなくもない和の武器、長柄の先に刀身の付いた『薙刀なぎなた』である。


 これも一般的な薙刀と少し違った特殊な形状で、何の意味があるのかは解らないが、尖端の刃の付け根にレンズが二枚、横並びで嵌まっていた。


「ヤッ……ハァッ!」


 気合いの声と共に、数度振るう。

 柄が長いというのは、それだけ安定させるのも難しい。


 だが、気合いと共に振るわれる刀身は、ピタリ、ピタリ、と綺麗に静止している。

 これも、腕前の証であろう。


「ふむふむ、しっくりくるのぉ」


 言って、薙刀の石突きで地面をトンと突いて垂直に立てる。


「して、武器を扱えると言うことは、魔法少女として闘うことで誰かを救うということじゃな?」

「ええ、そうなります」

「となると、凶悪犯を倒すとかテロ組織を壊滅させるとか、そういう感じになるのかのぉ?」


 危険な内容を、どこか期待をこめた声で発する真萌。


「いいえ、そんな物騒なことは望んでいませんよ。そもそも、貴方の力はわたくしの力の及ぶ範囲、具体的にはこの境内でしか発揮できませんから」

「なんじゃ……そうなのか」


 物語の神の言葉に、拍子抜けしたように言う。


 どうやら、巷の悪人をバタバタ倒す正義のヒーローのような活躍を想像していたらしい。


 ホームズを『ヒーロー』と表現したのは、真萌の願望がそういう要素をはらんでいるということなのかもしれない。


「わたくしが真萌と翼にして欲しいのは、そんな軍や警察がするような大仰な仕事ではなく、もっと貴方達に身近なところにある、精神的な救いです」

「精神的な救い? それに、どうしてバトル要素が絡むのじゃ?」

「救いとは闘いの果てにあるのですよ。こんなことを言っては、戦闘描写にさえ規制を設けたがるような平和主義者が文句を言いそうですが、例えば、『話合い』だって立派な『闘い』ですから」

「ふむ?」

「?」


 言わんとしている意味は解らないでもないが、真萌も翼も、狐に抓まれたような気分だった。


「時が来れば、きっと解ります。今は、来たるべきときのために、自分たちが何をできるのかを知っておいてください」


 物語の神に言われるがまま、真萌は『巫女魔法少女めがねっ娘 ぐらっしぃ∞まほ』の性能チェックで色々と武術の型らしき動きを色々と試しはじめる。武器は『めがね・あろー』と『めがね・はるばーど』のみで、それからは徒手空拳での動きが主体だった。


 その視界を共有する翼が、真萌の動きの凄まじいキレにしばし圧倒され続けていると、


「そろそろ、頃合いですね」


 物語の神が、二人へ声を掛けてくる。


「貴方達の物語が本格的に動き出すのは、明日からになります。今日のところは解散してゆっくり休んでください」


 物語の神の言葉で、異界は閉じられ真萌と翼は現界へと戻される。

 同時に、二人は元の姿に戻って並んで立っていた。


 物語の神の姿は、もう、ない。


 傾いた陽の朱色が、境内を染める黄昏時の神社の風景。どうやら、物語の神が形成した異界にいる間、現界の時間はほとんど経過していないようだった。


「なんだか、おかしなことになったのぉ」


 夕陽を受けて赤みを帯びた真萌の顔は、しかし楽しげだった。


「ああ。でも間違いなく、非日常的な体験はできそうだ。それを通して、俺も変われるかもしれない……」


 巫女魔法少女めがねっ娘の闘いなど、優等生としての生活ではどうやっても体験できないことだ。そこから、自分を変えてくれる何かをきっと得ることができるだろう。


「そうじゃのぉ。具体的に何をすればよいかはまだ解らんが、あの様子ならまた物語の神がちょっかいを出してくるじゃろう。今は、あやつの言葉通り、解散して休むが吉じゃの」


 まだ陽があるとは言え、授業が終わってからは大分時間が経っている。

 生真面目な翼が夜遊びなどする道理はない。


「だな」


 だから、素直に解散に応じる。


「では、来栖辺君、また明日じゃ」


 白衣の袖からちょこんと出した手を振ってくれる。


「ああ、倉主さん、また明日!」


 翼も、手を振って答え、本殿を後にする。


 鳥居を潜り、異界から俗世へと戻り来たところで、これまでの体験がぶり返す。


「ちょっと違うが、非日常的な体験には違いない」


 えも言われぬ高揚感があった。

 長らくの願いが叶ったといってもいいだろう。


「しかし、ワトソン役が眼鏡とは……」


 高まる未来への期待の中で、そこだけは、ちょっと解せない翼だった。

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