第二話 高身長は活かさないとダメ?

①巫女魔法少女めがねっ娘は巫女で魔法少女であるよりも『めがねっ娘』である

 真萌まほが巫女魔法少女めがねっ娘になった翌日。

 たすくは当然のように早い時間に登校する。


 染みついた優等生の性分もあるが、この時間に登校すれば真萌と改めて二人で話すことができる、そんな期待もあってのこと。


「おはよう、来栖辺君」

「おはよう、倉主さん」


 期待通りの先客に挨拶をして、一日が始まる。

 それだけで、今日に対する翼のモチベーションは上がる。


「さて、例の件、どうしたものだろう?」


 早速、真萌に話題を振る。昨日はさっさと別れてしまったので、何の方針も決まっていない。今後どうするか、その相談をしたかったのだ。


「そうじゃな、まぁ、なりゆきに任せるのが最良じゃと思うがの」


 しかし、真萌はこともなげに、投げやりな回答。


「それは余りにも、無責任じゃないか? 誰かを救うのだから、そういう部活を創るなど、色々方法はあると思うんだが……」


 翼が考えていた方法がそれである。お悩み解決系の部活を創り、そこへやってきた学生達の悩みを魔法少女として解決する。


 最後の部分が今一しっくりこないが、悩める者へ救いを与えるには、効率的な方法だと思う。


 因みに、部活の申請については校則を隅々まで確認して完全に把握済み。五分もあれば、手続きを済ませる自信があった。


「本当に、生真面目な性格じゃのう。だからこそ、われのワトソンとなり、変わりたいと望んだのじゃろう?」

「正確には、眼鏡だがな……」

「それはそれでよいではないか。でじゃな。別に無責任なわけじゃない。なりゆきに任せるのは、ちゃんと考えた結果じゃよ」

「一体どんな理屈だ?」

「来栖辺君のそもそもの願いに基づけば、ヒーローの元には事件がやってくるのじゃろう? そして、われがその役目を果たす。なら、物語の神というくらいじゃ。それくらいのご都合主義はやってくれるじゃろう、という見込みじゃ。恐らく、悩める者とは自然と出会うのであろう」


 元も子もない言い方ではある。

 物語の登場人物を自覚してのメタ発言とも言えよう。


 だが、あの物語の神の飄々とした態度を思い出すと、さもありなん、とも思える。


「それなら、それでいいか」


 ただ順当に考えただけの自分の考えにそこまでこだわりがあるわけでもない。

 真萌の言に従うことにする。


「じゃぁ、魔法少女としてどう事件を解決するかだが……」

「巫女魔法少女めがねっ娘じゃ」


 鋭い声で真萌が訂正する。

 桜色のフレームに飾られたレンズ越しの瞳はやや剣呑な色を帯びている。


「細かい事じゃがの、『魔法少女』だけでは語らんで欲しい。巫女はともかく、最優先はめがねっ娘なのじゃから。今の姿が巫女めがねっ娘じゃからの。若干長ったらしいと思うかもしれんが、あの姿を表現するときは略さず『巫女魔法少女めがねっ娘』と呼んでもらいたい」


 詳しくは聞けていないが、眼鏡に対する思い入れは強いらしい。


「わ、解った」


 辟易しながら、翼は応じる。今後気を付けようという己への戒めも忘れない。


「それで、『巫女魔法少女めがねっ娘』となってどうやって悩みを解決するかだけど……」

「それも含めてなりゆき任せ、じゃ」

「そうなの……か?」


 言われてみればそれでもいい気がするのだが、何か考えないといけないという思いが強く釈然としないものがある。


「何か対策をしないと落ち着かない性格のようじゃがの、なりゆきに任せるのも立派な対策じゃ。そこを気に病む必要などどこにもないのじゃ」


 翼の内心を見透かして窘めるように真萌。


「そう……だな」


 真萌の言う通りだと頭では解っているのだ。

 釈然としないのは性格的なものだけ。


 だから、口にして同意することで、翼はどうにか自分を納得させようとする。


 まだ、教室には他に登校してきている生徒はいない。

 もう少し、真萌と話せそうだ。


 翼は、先ほどもわざわざ言い直しを要求された、真萌の眼鏡へのこだわりが気になっていた。それについて聞いてみよう、と思い立つ。


「そういえば、綺麗な眼鏡だな」


 いきなり詮索するよりも、まずは目に見えるところを端緒にしようと、率直な感想から入る。


 本当に、綺麗だった。


 手入れが行き届いているのだろう、くすみの全くないキラキラとした桜色のメタルフレームに、曇りの全くないレンズ。シンプルな造詣ながら、量販店の安物ではなく、キチンとした眼鏡店で仕立てたものと推察される。


「な、なんじゃ、唐突に? 眼鏡を褒められるのは、嬉しいが」

「いや、眼鏡への思い入れがそこから見て取れるから」

「……なるほど、そういうことか。勿論じゃ。眼鏡はキチンと手入れして見ていて心地良くなければならぬ。その役目を果たすように常に心掛けておるだけじゃ」

「なるほど。その上で、倉主さんの素材がいいから、綺麗な眼鏡がよく映えているとも思うよ」

「へ? な、なななななな、何を言っておるのじゃ!?」


 顔を真っ赤にして狼狽しまくる真萌。


「あ、いや、別に他意はない。思ったことを口にしただけだ」


 翼はさらっと言う。


 ついつい歯の浮くような台詞を言ってしまうのは相手を褒めて警戒を解くための手段。処世術の一環で身につけた、一種の社交辞令。


 本当に、翼に他意はない。

 これっぽっちも。


「う、そ、それはそれでかえって照れくさくもあるのじゃが……主はこれまでに『八方美人』と言われたことはないかの?」

「ああ、中学時代よく言われていたよ」


 八方美人こそ、翼の処世術の真骨頂だった。


「……じゃろうな。まぁ、よい」


 まだ顔を赤くしながら、気を取り直すように真萌。


「それで、眼鏡に対するわれの思い入れを聞きたいようじゃが……」


 教室の外に気配がした。

 他の生徒達が登校してきたようだ。


「まぁ、それはまた今度にしようかの。巫女魔法少女めがねっ娘絡みの話を他の者に聞かれるわけにもいかんし」

「そうだな。ヒーローの正体は隠すのがお約束だしな」


 翼もその意見には同意だった。


「うむ、ではまた放課後、またうちの神社へ来てくれぬか? 話の続きはそこでということで」

「承知だ」


 そうして朝の会話は終了し、翼は委員長として他のクラスメートの登校を出迎える。特にそれが委員長の仕事ではないはずなのだが、中学時代からの習慣はそうそう変えられない。


 今は、変わらない。


 だけど、変わる切っ掛けは、もう手に入れている。

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