②副委員長は距離が近い

 つつがなく優等生として過ごした放課後。


 すぐに真萌まほの神社に行きたいところだが、そうはいかない。


 あっという間に教師陣の覚えがよくなった翼は、今日も雑用を申しつけられていたのだ。勿論、文句も云わず律儀にこなすのが生真面目な翼なのである。


「来栖辺君は部活とかしないの?」


 副委員長だから自分も手伝うと言い出した透子が、雑用をしながら問うてくる。


「いや、俺は委員長とか委員会関係の活動をするだけで十分だ。中学時代も似たようなものだったしな」

「ああ、入学早々これだけ雑用引き受けて教師陣に目をつけられ……ううん、いい意味で目を掛けられてたら、将来の自治会長も約束されたようなものだしねぇ」


 この学校では、生徒会ではなく学園を自分たちで治める意識を持たせようと『自治会』と呼んでいる。


 『自治』というからには、自分たちの授業で使うものは生徒の代表が準備すべきだ、という論理も成立する。結果、授業のプリントのコピーや資料の運搬など、教師の使い走りのようなことを委員長がさせられる大義名分にもなっているのだ。


「本当、将来有望株って感じだねぇ」

「どうだろうな? たまたま、俺は学校に都合のいい性格をしているだけだ」

「謙遜しちゃって。性格だけじゃ、これだけ信用はされないよ」

「いや、中学のときにやってるうちに慣れたから、手際よくこなせて信用を得ているだけだよ」

「本当、翼君は優等生だねぇ……って、同じ仕事するんだから、下の名前でいいよね? あたしも透子って呼んでくれてオッケーだよ!」

「そ、それは別に構わないが」


 まだ二日目だが、どうにも、距離が近い。

 自分に自信があるからなのか、裏表なく接してくる。


「それじゃぁさ、翼君は、恋愛とかには興味ないの?」

「特定の相手もいないし、興味はないと言えるね」


「ふぅん、じゃぁ、あたしとかどう?」


「い、いや、いきなり何を言うんだ、近沢さん」


 慌てて制しようとするが、むすっとした表情で一言。


「透子」


 とだけ返される。


 どうやら、先ほど名前で呼び合おう、といったことにこだわっているらしい。


「えっと、じゃ、じゃぁ透子。冗談でもそういうことをいうものじゃない。昨日今日接しただけで、恋愛云々もないだろう。そういうのは、もっと、時間を掛けて、キチンと育てていくものだ」

「うわぁ、生真面目で堅物だ、翼君」


 楽しそうに、からかうように。


「からかっているのなら、この話は終わりだ」


 憮然として翼は話を終わらせようとするのだが、


「まぁ、半分は冗談だったけど、うん、こんな可愛い子に言い寄られてあっさり折れたりしないところは、好感度アップかな」


 透子はニヤニヤ笑う。さり気なく自分を可愛いと言っているが、よくも悪くも裏表のない性格は副委員長への立候補の時点で解っている。


「透子が可愛いのは否定しないし、好感度が上がったのも素直に嬉しい。でも、俺はそんなに軽く恋愛を考えられない程度には生真面目なんだよ」


 特定の誰かだけを褒めるのではなく、誰であろうとその魅力を正直に褒める。

 それが、翼の処世術。


「わ、わぁ……」


 照れくさそうに掌を口元に当てる透子。


「う、うん、この話はこれで終わりにしてあげよう」


 慌てたように妙に上から目線で言ってウィンク。

 ほんのり赤く染まった頬をして。


 それは透子の照れ隠しなのだが、


「そうだな、それがいい」


 特段思うところもなく、翼はそう答えるのだった。

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