⑦その笑顔が見れたなら
雑用を済ませた
ここしばらくは巫女魔法少女めがねっ娘が救うべき人間とは出会っていない。朝にしろ、放課後の神社にしろ、他愛ない雑談をして過ごすばかりだ。
だが、真萌とそうやって過ごす時間自体が、今では翼にはとても大切なものとなっていた。
だからこそ、学校から徒歩三十分のこの神社まで、放課後ごとに足繁く通っているのだ。
「まだ、帰ってないか」
翼はいつも真萌が腰掛けている拝殿の段に座って待っている。
「退屈なら、話相手になりますよ」
「それなら、丁度よかった。次の巫女魔法少女めがねっ娘の出番はいつ頃になりそうなんだ?」
神出鬼没にはもう慣れた。背後に現れた朱色のスーツ姿に、段に腰掛けたまま問い掛ける。
「さぁ? 前にも申し上げた通り、誰がいつ絡んでくるかまでは解らないのですよ。もう出会った誰かかもしれませんし、明日出会う誰かかもしれません。それは、本当に解らないのです」
予想通りの答えだった。
「いずれ、時が来ます。そういう因果なのは確かなのですから。今は、真萌を見守ってあげればよいと思いますよ」
「言われなくても、そうしてるよ」
「愚問でしたね」
それだけ言うと物語の神はいなくなった。
そうして、ほどなく。
夕焼けが夜の色に段々と侵食されていく頃、真萌が帰ってきた。
「お帰り」
立ち上がって、出迎える。
「ただいま」
通学に使っている大きめの手提げ鞄を持ったまま、真萌は拝殿へとやってくる。
「まさか、主にただいまを言う日が来るとは、奇しきものじゃ」
翼と向かい合って、楽しそうに言う。
そのまま、なんとなく立ち話が始まる。
「今日はどうだったんだ?」
「おお、ドーナツ屋にいったのじゃ。友達とそういう店に行くのは初めてじゃったが、悪くはないものじゃのぉ」
思い出して、目を細める。どうやら、上手く言っているようだ。
多菜美ちゃんが体に似合わず沢山食べるとか、コーヒーがブラックで飲めないとか、そんな出来事を楽しげに語ってくれる。元気のいい多菜美に引っ張られる形で、こうやって翼以外とも打ち解けていくのはいいことだと思う。
完全に保護者の視点だが、親友として、委員長として、もう少し人づき合いをして欲しいとは思うのだ。
そうして、最後に。
「それで、明日の放課後、多菜美ちゃんがこの神社へ遊びにくることになっての……」
「ああ、だったら明日、俺は来ない方がいいな」
二人の時間を邪魔するのは無粋だろうと思ったのだが、真萌は慌てて否定する。
「違う! 逆じゃ……やはり、来栖辺君には居て欲しいのじゃ!」
「いやいや、駄目だろう?」
二人を引き合わせた立場的に、その場に立ち会うこと自体は不自然ではないかもしれない。
だが、真萌の頼みでそうしたとなると、多菜美と二人でいることが不安だと言っているようなものだ。
「いや、情けないことに、多菜美と二人が不安というのは、全くその通りなんじゃ……」
駄目な理由を説明すると、そんな返事が返ってきてしまった。
「じゃ、じゃから、われの頼みというところを、こう、上手く誤魔化してじゃな、偶然を装って居合わせる体にして貰えると、その、嬉しい」
情けなさを恥じてか頬を朱に染め、丸いレンズの奥からの上目遣いで頼まれる。
親友としては突き放すべきなのだろうが、そんな表情で見られると、断れない。
「……解ったよ。趣味の神社巡りに偶然訪れたことにするよ」
「おお、ありがとう!」
柔らかく笑んで、礼を言われる。
この笑顔を見られたなら、悪くない。そんな風に思ってしまう。
「じゃあ、今日は遅くなってるんでこれで帰るよ」
「そうじゃの。では、また明日じゃ、来栖辺君」
「また明日、倉主さん」
そうして、翼は神社を後にする。
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