②ガチの巫女いる入学式
「これは……華やかだな」
入学式会場となる体育館に足を踏み入れると、とりどりの衣装に身を包んだ新入生達の姿。何かのパーティー会場のようだ。
特に女子にとっては着飾るチャンスである。折角だからと晴れ着や袴、ドレスなどハレの日用の様々な服に身を包んでいる者が多い。男子も、スーツや紋付袴がチラホラと。
更には、メイドや巫女、果ては日曜の朝のテレビに出てきそうな衣装や着ぐるみなどコスプレまで紛れている。
一方で、落ち着いたグリーンを基調とし、左胸元に金糸で編まれた六芒星のような意匠の校章がアクセントとして入ったブレザー制服も目につく。
制服からコスプレまで、この光景が嵩都高校の懐の広さを端的に表していた。
因みに、嵩都高校の制服はブレザーなので、翼の学ランは『私服』ということになる。これはこれで己の個性を示す服装のつもりだった。だが、そんなのは全然甘かった、と思い知らされる。
だからこそ、ここにならきっと求めるホームズがいる、と翼は更に期待を高める。
会場の雰囲気を味わったところで、入り口で配られたプリントを確認する。そこには、クラス分けの名簿が記載されていた。これから翼が所属するのは一年B組だった。
翼は、同じくプリントに記載された案内図に従い、自分のクラスのの席へと向かう。
「初めましてだね、
自分の席へ着こうとしたところで、前の席に座る男子生徒からそんな声を掛けられる。
「初めまして……
「正解! ……って出席番号順なんだから配られた名簿を見れば解るけどね」
初対面で互いの名前を呼び合えたのは、そういう訳である。だが、少し誤解があるようだ。
「栗林君、一つ訂正させてもらいたい。名簿に読み仮名もついていると思うが、俺の名は『つばさ』ではなく『たすく』だ」
「ほぉ? あ、本当だ。『くるすべたすく』ってなってるわ。そっかそっか、翼って字は『翼を拡げて雛鳥をかばう』っていうような意味合いで
サバサバと素直に間違いを認める岬の態度に、翼は好感を覚えた。
「いや、気にしなくていいよ。よく間違えられるから」
軽くフォローしてから、改めて岬の姿を見る。
無地の白いTシャツの上にベージュのジャケットを羽織り、下はジーンズという完全に普段着という出で立ち。正装の中の普段着は、翻って目立っている。これも嵩都高校の自由度の高さの表れであろう。
「こうして同じクラスになったのも何かの縁、宜しく頼むよ……えっと、翼、でいいかな? 俺も、岬でいいし」
「ああ、こちらこそ宜しく頼むよ、岬」
翼はその手を取り、応じる。
早速、クラスメートと良好な関係を築けたことを喜びながら、翼は自分の席へと座る。
岬は翼との話が終わるや、前の席に同じように声を掛けている。人見知りしない社交性の高い人間のようだ。
一方で翼は、隣の席にやってきた小柄な女生徒に目を奪われていた。
いや、翼だけではない。
彼女が現れるや、周囲の多くの視線がその姿に向けられていた。
白衣に緋袴。その上に、白無地の千早を羽織っている。
腰まで届きそうな長いサラサラの黒髪は、和紙で巻いて水引で括ってある。
桜色の細いメタルフレームの丸い眼鏡を掛けているが、それさえも巫女装束にマッチして自然な印象だった。
巫女は他にも幾人か見掛けたが、そのどれもがいかにも『コスプレ』という風情だった。
だが、彼女はどう見ても本物だ。
周囲の奇異なものを見るような視線をものともせず、悠然と翼の隣の席へと着く。
翼は名簿の女子の列を見る。
自分の隣にある名前は、
神社の外で本物の巫女などそうそう見る機会はない。翼は思い切って声を掛けてみることにした。
「倉主さん」
「ん? な、なんじゃ?」
声を掛けられるとは思っていなかったのか、若干慌てた様子でこちらに視線を向けてくる。
強い眼力を感じさせる瞳だが、巫女姿と組み合わさると妙にしっくりくる。
「もしかして、家が神社とか? 巫女装束、着慣れてるみたいだし」
「その通りじゃが、着慣れているとか、よく解るの」
可愛らしい声なのだが、口調は時代がかったそれ。
巫女装束には似合っているな、と感じつつ、種明かしをする。
「簡単なことだよ。その巫女服の布の質感とかが新品という感じじゃない。丁寧に洗濯して綺麗にしてある、という感じだ。それはつまり特定の日だけではなく『日常的にその服を着ている』ということだろう?」
「着衣からのプロファイリングとは、ホームズのような奴じゃの」
唐突に『ホームズ』という単語が出てドキリとする。とは言え、相手の服装からあれこれ言い当てるのは、ホームズの有名なエピソードの一つだ。連想しても不思議はない。
「いや、どっちかというとワトソンの方が好みだけどな」
謙遜の意も込めて、さり気なく己の願望を口にしてみる。
「確かにの。その論じゃと、単に人から着古した巫女装束を借りた可能性が考慮されておらんものな」
「あ……」
自説の拙さを指摘されて、間抜けな声を上げてしまう。
これは、ワトソン役が早とちりの自説で道化を演じ、探偵役に窘められる探偵モノ定番の構図そのものだ。今まで優等生として相手を窘めたり正したりするばかりだった身にはとても新鮮な体験だった。
この短い会話で、翼の真萌への興味は一気に深まる。
「まぁ、それでも主の推理は結果としては正解じゃよ。われは神社の家系の生まれでの。家業手伝いで子供の頃から巫女をしておるのじゃ」
若干からかうような色も感じられるが、フォローしてくれる真萌。
「なるほど、だから、こういうハレの日には、神聖な衣装でってことか」
翼は、真萌が巫女装束である合理的な動機を推察して、納得する。
「ん? そうじゃのぉ……まぁ、そんなところじゃな」
真萌は応じながらも、どこか思わせぶりな言い方だった。
今の発言も、何かワトソン役的な道化に繋がる言説だっただろうか? と考えたところで、
――それではこれより、嵩都高校第六十九回入学式を執り行います……
入学式の開始を告げるアナウンスが入り、真萌との会話は途切れてしまった。
そのままつつがなく入学式は終了する。
教室で今後の説明が簡単にあるというので、翼は移動中で教室での時間を使って共に学ぶクラスメート一人一人の顔を名簿と合わせて確認しておくことにした。出来る限り、人の顔と名前は早めに一致させるのが、長年培ってきた翼の処世術の一つなのだ。
結果的に先に名前を覚えた真萌の優先度は下がり、その日は真萌と話すことは叶わないまま終わってしまったのだった。
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