第一話 俺が眼鏡で彼女がめがねっ娘で

①生来の優等生はワトソン役に憧れる

 来栖辺くるすべたすくは、いわゆる優等生であった。


 小学生時代から頭角を現し、中学に入ってからはクラス委員長や生徒会長を歴任してきた、筋金入りの。


 それでいて、出る杭打たれる学校という閉鎖社会の中、そういう目立つ存在となれば人間関係のトラブルも抱えやすい。だが、誰とでも分け隔てなく広く浅く接することで波風を立てずに上手く立ち回ってきた。要するに優等生であるとともに、生来の『八方美人』でもあったのだ。


 とにもかくにも無難な学校生活が、彼の日常だった。


 そうした日々を送ってきた彼には秘めた願望があった。


「高校でこそ、誰かのワトソン役になりたい」


 ワトソンとは『探偵助手』の代名詞。常にホームズの傍らにあり、時に道化を演じ、時に助言を与え、共に数々の難事件に接してきた存在だ。見方を変えれば、ホームズがワトソンを数々の事件に引き合わせたとも言える。


 何かと自分が前に立つことの多かった翼が求めるのは、そういう立ち位置だ。


 探偵物の事件は往々にして殺人事件だが、単に『事件』と言えば常ならぬことを差す。


 彼が求める『ホームズ』は、優等生として無難に過ごす変わらぬ日常から、事件=変化のある非日常へ連れ出してくれる存在、という訳だ。


「せっかく新天地に来たんだからな」


 両親の仕事の都合で長年過ごした土地を離れて入学することになった嵩都たかつ高校は、彼に期待を抱かせるに十分な魅力を持っていた。


 象徴的なのは、制服の扱いである。


 私服が認められているが、指定制服を愛用するものも多く存在し、結果的に制服と私服が入り乱れているのだ。


 服装というのは端的にその個性を示す。私服が許容されることで、服装で自己表現をしたい者にはそれを行う自由を担保しているし、私服が面倒だったり制服が気に入った者には、制服を選ぶ自由もある。


 こんな『制服でも私服でもいい』という服装の自由度が生徒の個性を尊重して伸ばすことに繋がる、というのがこの高校の特色の一つだった。


 そんな高校でなら、会える気がする。


 ワトソン役として自分を非日常へ連れ出してくれる、ホームズ役に。


「いよいよ、だ」


 入学式の朝。


 翼は学ランの詰襟をキッチリ締め、髪もしっかり櫛を通して清潔感溢れる姿。

 オーソドックスなデザインの銀縁眼鏡のレンズは拭き上げられて一点の曇りもない。


 見るからに生真面目な優等生である。


 これが、自分の個性だ。

 長年染みついた性質は、中々変えられるものではない。


 だからこそ、願うのだ。


「俺のホームズに、会えますように」


 リビングに申し訳程度に設けられた小さな神棚に、二礼二拍手一礼し、家を出た。

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