③裏表のない副委員長は己に素直に行動した

 特に何事もなく二日が過ぎた。


 透子とうこはゲーセンへ行ったことで満足したのか、あの日以来放課後デートには誘ってこなくなっていた。


 それどころか、


「じゃ、これでね!」


 と、ここ二日は雑用が終わればたすくよりもさっさと帰ってしまったのだ。

 翼にしてみればありがたいことだが、急に押しが弱まったのがちょっと気にはなっていた。


 それでも、親友の元へ通うのが何より大切だ。

 今日もまた、夕暮れの嵩都たかつ稲荷神社へと向かう。


「次の救うべき相手はいつ現れるんだろうな?」


 真萌と益体ない話に興じたりしつつも、ふと、気になって口にしてしまう。


「時が来たら解りますよ」


 当たり前のように突如現れる物語の神は、はぐらかすばかり。


 特に期限がある訳でも、なんでもない。


 物語の有用性を示す。


 野々花と多菜美を救えただけでも十分なのかもしれないし、全く足りないのかも知れない。


 物語の神は、その辺りは全く教えてはくれない。


「大丈夫。真萌も翼も、物語の終着点が来れば、解りますよ」


 神のみぞ知る終わり。

 遠いのか近いのか、解らない。


 それからは特に何事もなく、週末を挟んで月曜日を迎える。


「おはよう、来栖辺君」

「おはよう、倉主さん」


 いつも通り、朝一番の教室で真萌と挨拶を交わして一日が始まる。

 他の生徒が登校し始め、クラスメートへ挨拶をしていると。


「ん?」


 妙に真萌を見る者が多いことに気づく。

 他のクラスの生徒も、通り掛かりに窓際に座る真萌の姿を覗き込んでいる。


 巫女装束は珍しいが、既に四月も終盤。

 その姿を見慣れてきた頃のはずだが、どういうことだろうか?


 元々、人見知りを自認する真萌は、校内では多菜美や野々花ぐらいとしか接することはない。

 それでも、真萌に対する空気が変わっているように思う。


 昼休みになれば、多菜美といつも通り昼食を取っている。

 だがやはり、それを取り巻く教室の空気が、何かおかしい気がする。


 確信はない。

 ただ、他ならぬ真萌のことだから、過剰に気にしているだけかもしれない。


「なぁ、今日、倉主さんを取り巻く空気がおかしくなかったか?」

「うん、おかしかったねぇ」


 放課後、雑用の際に透子に訪ねるとあっさりと同意する。


「多分、何か翼君の知らない一面でも発見されたんじゃない?」


 と、訳知り風のことを言う。


「何か知ってるのか?」

「さてね? って、あたしが倉主さんに有利な発言をすると思うとか、ちょっと翼君は女心が解ってないかな?」

「どういう意味だ?」

「あたしは翼君を狙ってる。でも、翼君の一番近くにいるのは倉主さん。それだけのことだよ?」


 親友としての関係を色恋として扱われることに、嫌な気持ちになる。


「いや、前も言っただろう? 俺と倉主さんはそういう関係じゃ……」


 即座に否定しようとするのだが、


「翼君がどう思うかは、どうでもいいこと。あたしがどう思うかだよね、これは」


 透子は、聞く耳を持たない。


「だから、あたしは倉主さんのことはなりゆきに任せる以上のことはしないから。例え、副委員長であっても、ね」


 それ以上は、翼が何を言っても口を噤んでいた。


 諦めて、透子とは微妙に気まずい状態で雑用をこなす。

 今は、一刻も早く嵩都稲荷神社へと行きたいからだ。


「ま、あたしはしばらく放課後デートには誘わないよ。前にもらったぬいぐるみで、我慢しとくから。状況の結果が出てからの方が、効率がいいだろうからね」


 そんなあからさまで意味ありげな透子の言葉を最後に、翼は学校を出る。



「こうして、主が変わらず放課後の神社へ会いに来てくれるなら、それで構わんよ」


 いつも通りの夕暮れ。

 放課後の定位置。


「でも、何か心当たりはないのか?」

「ないこともないがの……藪蛇は避けたいのじゃ。状況がはっきりするまでは大人しくしておくのが吉じゃよ」


 当事者足る真萌は当然違和感を感じていたようだが、泰然としたものだった。


「倉主さんがそう言うなら、いいんだが……」


 それ以上踏み込まない。踏み込めない。


 透子に言われたことが、気にはなっていた。

 翼は、真萌のことをまだまだよくは知らない。


 でも、詮索はしたくなかった。

 それで今の関係が壊れるのが怖かったから。

 親友として、時間を掛けて互いを知っていけばいい。


 そう、思った。

 思う、ことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る