④巫女めがねっ娘の暴かれる過去

 飛石連休の火曜を挟んで、水曜日。

 昼休みに、転機は訪れた。


「ちょっと、まほっち! これ、嘘……だよね?」


 いつものように真萌まほと昼食を取りにやってきた多菜美たなみが、深刻そうにスマホの画面を真萌へ見せている。休み時間の使用は許可されているので、たすくは注意しない。


「……そうか。この情報社会では、物理的距離など関係ないのかのぉ」


 何かを諦めたような、言葉。

 様子がおかしい。


「おい、多菜美ちゃん!」


 翼はそばへ寄り、


「あ、たすくん、これ」


 そうして見せられたのは、とあるSNSの画面。嵩都高校の生徒限定の閉じたコミュニティの情報交換用掲示板。


 そこに、書かれていたのは。


「一年B組の巫女は、中学時代に暴力沙汰を起こしたらしい」


 端的な文面だった。

 沢山の書き込みの中に、紛れ込んだ異物。

 それでいて、妙な存在感がある。


 面白がって詮索する声、それはないだろうと否定する声。

 好き勝手で無責任なコメントがレスとしてつけられている。


「なぁ、倉主さん、これって……」


 あり得ない、と思いたかった。


 しかし、翼は知っている。

 真萌が、武術に長けていることを。

 闘いの術を、暴力を、持つことを。


 果たして。


「事実、じゃよ」


 機械的に感情の籠もらない声で真萌は肯定する。


「まぁ、こういうものは中途半端が一番いかんからの……」


 真萌は立ち上がり。


「聞いてくれ。どうやら、SNSでなにやらわれの噂が流れておるようじゃがな。事実じゃ」


 教室全体に向かって、改めて告げる。


「それをどう思うかは、皆が思うに任せる。われは、全てを受け入れようぞ」


 気丈に振る舞う。

 巫女の姿と相まって、揺るぎない風格を感じさせる。


 だが、違う。


「無理してる……」


 翼には、それが解った。

 真萌の握った拳が、微かに震えていたから。

 だが、今ここでそれを指摘するのは、真萌の想いを踏みにじる気がして。


 翼は、何も言えなかった。


 放課後になり、


「怖いねぇ、暴力なんて」


 透子とうこは遠慮なく、真萌の噂について語る。


「でも、元々怖れてる子はいたからね。今回のことで、そういう子達がはっきりと倉主さんが危ない子って認識できたんだから、委員長としては喜ぶべきことじゃないかなぁ」

「おい、本気で言っているのか、それ?」


 腹に据えかねてキツイ口調になるのだが。


「あは、おっかない声。でも、そういう翼君も悪くないねぇ、うん」


 受け流されてしまう。


「それで、質問の答えは勿論イエス。本気も本気。暴力を振るったことのある危険分子からクラスのみんなを護るのは、委員長の仕事じゃない?」


 正論ではある。

 だが、その危険分子が親友の真萌となると、翼の心はざわつかずには居られない。


「さて、倉主さんの本性が露わになったけど、それでも、倉主さんを選ぶの?」


 遠慮なく、翼に問うてくる。


「別に選ぶとか、そういう話じゃない……倉主さんは、言うなれば親友だ」

「へぇ……ようやく、新しいことが聞けたな。少なくとも、クラスメート以上だと思ってるんだ」


 迂闊だった。

 つい、親友、と言ってしまった。

 これまで隠してきた真実が、透子に漏れた。


 ダムに空いた蟻の穴。

 翼の心に、隙ができている。


「それで、いいんだよ……明確に、倉主さんを敵と認定できたから」


 そんなギスギスした会話を交わしつつも、雑用はそつなくこなしてしまう己が、少し、いや、かなり歪だと翼には思えた。


「じゃ、また明日ね!」


 何食わぬ顔で挨拶をする透子に。


「……ああ」


 気のない挨拶を返し、翼は学校を出る。

 勿論、その足は嵩都稲荷神社へと向いている。


 話さねばならない。


 真萌が、なぜ、そんなことになったのか。

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