②八方美人の恋愛観

「今日はまた、一段と遅かったの」


 拝殿の前に腰掛け、不機嫌そうに巫女が言う。


「……透子とうことゲーセンに寄ってたんだ」

「ほぉ?」


 目を細めて言う。睨むような、やや険しい表情。


「そうかそうか、われの一クラスメートの来栖辺君は、副委員長とは放課後デートか?」

「それは……否定できないな」


 真萌まほの皮肉交じりの言葉を、たすくは素直に認める。


「ふん、親友であるわれとの関係をあれほどはっきり否定しておきながら、ただの仕事仲間との放課後デートは否定せんとは」


 更に不機嫌になる真萌。親友の自分より仕事仲間の透子を優先されたことが業腹のようだ。


「いや、デートと言っても、透子とそういう関係になったわけじゃないからな? 当然、最初は断ったよ。倉主さんと一刻も早く昼休みのことを話したかったから。でも、透子が中々折れそうもなかったんで、さっさと要求を飲んだ方が早いと判断したんだ。ただ、『放課後デート』と彼女が明言している誘いに乗ったから、そこは認める他なかっただけだ」

「ほ、ほぉ……なんじゃ、そういうことか。それなら、よい」


 生真面目に翼が事情を詳らかにすると、今度は急に機嫌がよくなる真萌。

 親友を優先しようという姿勢を理解してくれたようだ。


「まぁ、それはそれとして、じゃの。今日は何より話しておきたいことがある」

「昼のこと、だろう? 俺も、それを話したかったんだ」

「なら、話は早い。単刀直入に聞くが、主はわれと恋仲に見られたのが、あんなに激高するほど不愉快じゃったのか?」

「そうだ」


 翼は即答する。


「な……そ、そうか……」


 瞳を伏せ、目に見えて気落ちする真萌。

 そこで初めて、翼は今の言葉が真萌を拒絶したとも取れることに気づく。


「あ、いや。倉主さんが嫌いだとか、そういう意味じゃない。ただ、俺と真萌の、ホームズとワトソンに準えた親友としての関係を『恋愛』などという下世話な概念と一緒にして欲しくない、という意味だ」

「……下世話、のぉ」


 言いながら、顔を上げる真萌。

 気を取り直してはいそうだが、今度は訝しげな表情。


 正直、翼としては余り話したくない内容ではある。

 だが、真萌になら、大丈夫だろう。


 翼は、恋愛に関する己の考えを話す。


「ああ、下世話だ。恋愛は当事者同士で完結していればいいがな、あの昼休みのように詮索を受ける。他人の恋バナに口を出す奴らが多過ぎるんだ。当人同士で時間を掛ければ上手くいくかもしれないのに、周りのヘタな後押しで勇み足を踏んで道化を演じさせられるかわいそうな奴らを沢山見てきた」


 なぜ、そんなに他人の恋愛に口を挟みたがるのか、理解に苦しむ。


「それに、俺も小学校の頃から優等生として目立つ存在だったからな。そうなると、ちょっと誰かと親しくすると、すぐに色んな噂を立てられていた。何十人もの女子と謂われのない噂を立てられたよ。その度、誤解を解くのに奔走させられたものだ」


 だから、不本意な恋愛絡みの噂話がどれだけ嫌なものか、翼は身に染みて知っている。


「そうする内に、特定の誰かではなく、誰とでも分け隔てなく接することで噂を立てられ難い立ち位置を築くことを覚えた。その教訓は高校でも活かしているつもりだ」


 いい人止まりで男女の仲を詮索されない、そんな立ち位置が翼の定位置。


「……ふむ、よぉく解ったぞ。じゃから、誰にでも可愛いだの綺麗だのいうわけじゃ」

「そうだ。そうすれば、特定の誰かと噂されなくて済む」

「八方美人は、そういう理由じゃったか……」


 何か疲れたように、真萌は納得を示す。


「わかった。われは、来栖辺君の親友じゃ。主が嫌がる話は、しないでおこう」

「ありがとう。倉主さんが親友で、よかった。これからも、ずっと親友で居て欲しい」


 翼の言葉に、


「これからも、ずっと、親友か……まぁ、それでよかろう」


 どこか儚げな笑みで答える真萌。


 美しい。


 ふいに、翼は思った。


 桜色のフレームに飾られた目元が。

 微かに風に靡く、サラサラの長い黒髪が。

 小さな巫女の笑みを、神秘的に輝かせて見える。


 心を奪われそうになり、その想いを打ち消す。

 それが、翼の在り方だった。


「では、この話は終わりじゃ」


 真萌も、一際はっきりとそう宣言して、明示的に話を切り上げる。

 そこからは、巫女魔法少女めがねっ娘の今後についての話だ。


 多菜美の後が誰になるか?


 「皆目見当がつかない」という結論しかでないのだが、翼は気になることがあった。


「そういや、今日は物語の神が出てこないな?」

「まぁ、おっても大したことは言わんじゃろうし、別によかろう」

「だな」


 さらっと流して、後は他愛ない話をする。

 親友と過ごす心地良い二人の時を、翼は満喫していた。



  ※


 時は少し遡る。

 透子は、翼の後をつけていた。


 駅前から、大分歩いている。

 神社仏閣の居並ぶ地域だ。


 その外れにある、石造りの立派な鳥居のある神社へと、翼は真っ直ぐ歩いて行く。

 嵩都たかつ稲荷神社、とある。


 時間を置いて、そっと鳥居に身を潜めるようにして中を覗く。


 入って左手に本殿があり、その手前の手水場ちょうずばで手を洗ったり口をゆすいだりしている翼の姿が見えた。


 拝殿前の段に陣取った小柄な巫女が、そんな翼へ親しげに声を掛けている。


 気づかれないうちに、さっと鳥居を離れる。


「もしかしてと思ったけど……やっぱり、そういうことなんじゃない」


 翼に取って貰ったぬいぐるみを抱きしめながら、神社を後にする。


 つき合っていない。

 それは事実なのかもしれない。


 だが、こうやってわざわざ神社を訪れている時点で、ただならぬ関係なのは確か。


「何か、手を打たないとなぁ」


 あれこれ考えながら、透子は家路を辿る。


「面白く、なってきましたね」


 透子が翼と真萌に気づかれないように覗き込んで去った後。

 鳥居脇に突如現れた朱色のスーツ姿が、呟いた。

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