⑤アレの神の力で変身! 巫女魔法少女めがねっ娘誕生
「これで、わたくしがこの神社に祭られる神だと認めてくれたかしら?
「……こうなれば、認める他ないじゃろうな」
得意げな女、否、神の発言を、溜息を吐いて真萌は受け入れる。
「しかし、朱一色は確かにそれっぽくもあるが、どうにもこの神社で稲荷神として祭っておる
「ああ、それは違いますよ。わたくしは稲荷神ではありません」
「では、境内社のなにがしかの神か?」
「そうとも言えるし、そうとも言えませんね」
飄々と言う。
「この神社は、元々近隣にあった幾つもの神社を一つに纏めて整理して出来た神社です。その中で一番有名で解り易いからと稲荷を名乗っているだけで、ある意味、神々の吹きだまりのような場所になっています」
「確かに、それらしいことは聞いたことがあるのじゃが……」
「本殿横の境内社にそのときに纏められた全ての神々が網羅されているわけではなく、当時この本殿に
「その中の一柱、という訳か」
「それも、はっきりとは言えませんね。先述のような状態のため、稲荷を名乗りながらも実際は多くの神格が混ざり合った存在となっていますから、特定の名のある神とも言えません。そもそも『八百万の神』と言われるようにこの日本ではあらゆるものに神が宿ります。ここにも、そこにも、あそこにも神がいて、これにも、それにも、あれにも、神が宿る。人々の祈りが集まれば、それに応じた神が産まれる、というのが古来の神道です。名の知れた神々は、その逸話から特定の事象に結びついた解り易い象徴に過ぎません。名もなき無数の神が居てこその八百万の神ですよ」
「解ったような、解らないような理屈じゃのぉ。では、結局主はなんの神なのじゃ?」
「そうですね、強いて言うなら『アレの神』でいいですよ」
「……ふざけておるのか?」
あんまりな言葉に、真萌は詰問口調で問うのだが、
「ええ、少しばかり」
全く悪びれずに神は答える。
「まぁ、何の神か名乗るなら、わたくしは『物語の神』です」
「物語の神、か……なるほどの。それなら、ふざけておるわけではなさそうじゃ」
なぜだか真萌は女の言葉に同意する。
翼には未だ理解できず、問おうとするが、すぐに真萌は種明かしの言葉を続ける。事件の真相を告げる探偵のように。
「神道で『物語の神』として祭られておるのは、日本最古の物語『古事記』の編纂に絡んでおった
翼はその言でようやく『アレの神』のメタファを理解する。答えに自力で辿り着けなかったことを悔やむが、それがまたワトソン的で心地いいという難儀な感想も抱いていた。
「ええ、正解です。ですから、ちょっとした
掴み所のない口調で、そう纏めた。
「もしかして、俺の願いに応えて現れた、というのですか?」
ここまでホームズ(?)に任せて聞きに徹していた翼だが、ここでようやくそれに思い至る。
「ご名答。来栖辺翼君、貴方が望んだのは自分を変えてくれるような非日常へ誘ってくれる存在との出会い。それを、物語の登場人物であるホームズに準えて願った。なので、貴方の願いは物語の範疇。わたくしの領分なのです。なのに、それを祈った直後に、真萌と友達になれたことで満足しかけていました。こんな日常の物語でも悪くない、そんな風に思ってはいませんでしたか?」
「いや、それは、そういう風にも思いましたが……」
確かにその通りなので、狼狽して応じる翼。
「流石に、業腹です」
余り怒ったような口調ではないが、そう、感情を表す物語の神。
「非日常を望む貴方の願いによって、久々に力を得て己の神としての本分を遂に果たすときがきた、と張り切っていたのですよ。なのに、日常に妥協されたのでは立場がありません。ですから、神の押し売りにやってきたというのが、わたくしの正直な心境です」
「押し売り、とは、また、露骨じゃのぉ」
真萌が呆れたように口にする。
「そうも言いたくなるのですよ。わたくしにとっては死活問題ですから。神は人の祈りに応じて産まれるのですから、逆説的に祈られなければ神は存在できません。わたくしも、翼が祈ってくれたことで、こうして力を得たのです。その願いを叶えれば、更に力を得ることができます」
「それが、望みですか」
翼が問えば、
「ええ。神と人はギブ・アンド・テイクなのです」
なんとも打算的な肯定の言葉が返る。
「神は頼られてこその神。頼られそれに応えることで力を得る。ですから、わたくしは翼の願いを叶える一方で、そうして得る力を用いて自身の存在意義を問いたいのです」
そこからは、真面目な態度で神は続ける。
「今、この日本では物語の危機が訪れています。物語に対するこの国の風当たりはどんどん厳しくなっています。昔から何かあると時の権力者による規制が入り、物語を産み出す者達を圧迫してきた歴史はあります。その圧迫が新たな表現を産み出すなど、物語にとってプラスになることもありました。ですが、昨今の表現規制は行き過ぎです。人々の暮らしが変わり、扱える情報量が増えただけに、自分の気に入らない物語も目につくようになってしまった。嫌いなものは排除したくなるのが人の常。知ってしまったら存在自体を許せないという人が出てくるのも致し方ありません。更には、そういった人達がインターネットで簡単に合流してその論を共有し声高に叫び、終いにはその願望を権力によって叶えようと働きかけるような時代になっています」
神がインターネットというのも似合わない気もしたが、八百万の神としてインターネットの神も既にこの日本には存在するのが自然だろう、と翼は思い直す。
「わたくしは、物語の存在意義を示したいのです。物語に影響を受けて悪事に手を染めた人よりも、物語によって救われた人の方がずっと多いのです。だからこそ、小説や漫画、ゲーム、映画など様々な媒体で『物語』は産み出され続けているのだと、改めて確認したい」
「それで、一体どうやって来栖辺君の望みを叶えようというのじゃ?」
胡散臭そうに真萌が問うと、物語の神は、楽しげに答える。
「端的には、翼と真萌に、わたくしの力を用いて人を救って欲しいのですよ。翼は己を変えてくれる存在を求め、真萌自身も変わりたいと願っており、そして、わたくしは物語で人を救いたい。ならば、まず最初に真萌が変わり、その変化を受けて翼を非日常へと誘い、人を救う。そうなればいい」
「して、どうやって?」
真萌が訪ねる。
「そうですね……ああ、こういうのはどうでしょう?」
ポンと、手を打っていかにも今閃いたという体で神。
真萌へ向かい、
「真萌、貴方が魔法少女になって悩める人々を救うのです」
神らしく厳かに、だが、突飛なことを告げたのだった。
「どうしてそうなるのじゃ!」
思いっきり真萌はツッコんでいた。
「変わりたいのでしょう?」
「それは、そうなのじゃが……われらの年頃であれば、誰でも心にあるものじゃろうが、変わりたいという気持ちは」
「だからこそ、いつでもなれるといいのが素敵なヒロイン、魔法少女なのですよ。少女達の変身願望を満たすのが魔法少女の物語の多くが持つテーマですから。物語の神としてはそれに乗っかるのは当然です」
「その理屈は……おかしく、ないの」
否定しようとしたようだが、筋は通っていたので諦める真萌。
正直、突拍子なさ過ぎて翼はついていけないのだが、ついていけないからこそ己を変えてくれるような非日常へ繋がっていくのだと信じて、なりゆきを見守ることにする。
「それで、その、じゃな? 魔法少女の設定は、われが考えればよいのか?」
そう問い掛ける真萌は、開き直ったのかむしろ嬉しそうであった。
魔法少女への変身はまんざらでもないのかもしれない。
「ええ、構いません。貴方の変身願望を魔法少女という形で叶えることになります」
「なるほど、の。では、腹を括るとしよう。さぁ、われを魔法少女にするがよい」
「あの、ちょっといいですか?」
いよいよ、真萌が魔法少女となりそうなところで、翼はたまらず言葉を挟んだ。
「俺は、どうすればいいのでしょう? 魔法少女としての真萌が俺のホームズとなるのなら、俺は魔法少女のワトソン役ということになります。そうなると、俺はお付きの変な生き物などになるのでしょうか?」
この流れだと、ありそうだと思ったのだ。
それはそれで仕方ないとは思うが、やはり、若干の抵抗はあった。
「いいえ。むしろその役目はわたくしが担っていますから。魔法少女のお付きの生物は大概が少女を魔法少女たらしめる力を与える役目を負っているものでしょう?」
そこで、ちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべ。
「ですから、翼には魔法少女の活躍を最も近くで体験できる立場を与えましょう。それでこそ、自分を変えてくれるような体験が出来るというものです」
「?」
神の言葉の意味は解らなかったが、こうなれば真萌が魔法少女となるのを待とう。
「では、始めましょう。真萌、貴方の中に、貴方に相応しい魔法少女の姿が浮かぶよう、力を与えます。あとは、思いのままに、変身してみてください。相応しい変身呪文なども、自然と頭に浮かぶでしょう」
「承知じゃ」
短く言って、桜色の丸眼鏡の奥の瞳を閉じる。
目をカッと見開くと、呪文を唱え始める。
――かしこみ・まじかる・うぇりんとん
――はらたま・うぃざどり・あんだりむ
真萌の姿が光に包まれる。
だが、なぜか、隣に立つ翼まで光に包まれていた。
――みこまほ・めがみ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っくす!
呪文の最後の一節を唱え、右手を天に伸ばす。
すると、そこへ光が集まっていくのだが、同時に翼の視界がおかしくなる。
何か、急に視点が高くなる。
それから、ゆっくりと下がっていくと、普段の視点より大分低い位置で止まる。
体の感覚がなくなっている。
ただ、音は聞こえる。
「巫女魔法少女めがねっ娘 ぐらっしぃ∞まほ、爆誕じゃ!」
なんだかんだでノリノリの、真萌の決めの言葉。やはり、こういうのは好みらしい。
「巫女魔法少女めがねっ娘……あれ? それだと、魔法少女よりめがねっ娘の比重が高いような」
翼は、ふとした疑問を口にする。
「ふむ、そうじゃ。われにとっては、眼鏡が変身の象徴じゃ。われの潜在意識がこの設定を産み出したということじゃから、単純にわれの中では魔法少女よりもめがねっ娘の方が優先度が高かったということじゃの」
「ええ。ですがまぁ、その姿は中々魔法少女していますよ」
真萌の変身後の姿は、巫女を意識した紅白を基調としたマジシャンのような姿。
白い、体にぴったりとフィットするノースリーブのベスト。
その首元には紅いタイ。紅い長手袋。白地に紅の縁取りのミニスカート。
紅いロングブーツの中から伸びる白いオーバーニーソックス。
紅い水引により纏められたツインテールと、目元を飾る眼鏡のフレームだけが、黒い。
そんなことを物語の神の口から説明されるが、その姿は、翼には見えなかった。
「えっと、さっきから声はしているんだが、一体、真萌はどこだ?」
動けないが声は出せるので翼が問う。
「む? 来栖辺君? 主こそ一体どこにおるのじゃ?」
どうやら、真萌もどこにいるか把握していないらしい。
「何を言っているのですか、お互い、これ以上ないほどすぐ傍にいるじゃないですか」
神は真萌の目元を指差す。
そこにあるのは、先ほどの神の説明に従えば、普段の桜色の丸眼鏡ではなく、オーソドックスな黒縁眼鏡。
どこか営業スマイルを思わせる作り物めいた満面の笑みを浮かべ、物語の神は答えを示した。
「ホームズにとってのワトソンは、めがねっ娘にとっての眼鏡、でしょう?」
先ほど光に包まれたとき、眼鏡に姿を変えられ、高々と上げた真萌の手の中に入り、そのまま装着された。
そういうこと、らしかった。
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